その日の昼休みは珍しく、あれ以来休憩室に寄りつかなかったGが居た。
例のみすぼらしいオニギリは、誰かの手作り弁当に変わっていた。
Gが美味しそうにかき込んでいるお弁当を見て、またしてもZが
「今日はオニギリじゃないのかい?」とからかいを含んだ口調で聞くと、
Gが「ああ、やっぱり自分で作るの止めたんだ」とだけ答え、
あまりに言葉少ない答えに、更に追い討ちをかけようと口を開きかけたが、
一瞬視線を走らせて、止めた。
Zの視線の先には、既に反論準備万端の私が居た。
自分でも口元の筋肉が不敵な笑いを形作っているのを感じていたが、
それがZにはかなり挑戦的な表情に見えたらしい。
・・・と、後でZ本人から聞いて知った。
Gの方はZの攻撃がそれ以上自分に向かないのに安心したのか
「今日もご飯食べないのかい?」
私が座って煙草をふかしている横に座って話し掛け、
「うん?・・・ああ、ヘタに食べると胃が痛くなるからね。」
毎度の答えになった言葉を口にしながら私は灰皿を半分彼に譲り、
その後もふたり並んで他愛の無い世間話をしていた。
しばらく他の仕事仲間も含めて和やかな雰囲気で世間話が続いたが、
休み時間が凡そ半分過ぎた頃、Gは突然不機嫌になって
「・・・・。」と、聞こえない捨て台詞を残して
大きな音を立てて席を立って休憩室から出て行ってしまった。
私がGの言葉を聞きとれず、2回ほど聞きなおしたのが勘に触ったらしい。
Gはあまり発音が明瞭な方ではない。
彼は人としゃべるとなると緊張するらしくほとんど口を開かずに早口でしゃべる。
元々口の中で音が篭って一音一音が聞き分け辛いところに
相手から目を反らしてあらぬ方向を向いて声を落とし、
早口でしゃべるのがそれに拍車をかけているのだから、
聞き直されたら先ほどよりも若干声量を上げて、こちらを向き、
スピードダウンをして一音一音区切るように発音してくれたら
何度も同じコトを聞き返さなくても済む。
それが、彼の場合は聞き返されると「自分は何かおかしなコトを言ったか」と
不安になるらしく、ますます声が小さくなり、
早口にモゴモゴと口の中でしゃべるので、
こちらも一度聞き取れない度に「ごめん、聞こえなかった。何?」と
気まずい思いをしながら顔を徐々に近づけて聞き返すコトになる。
まあ、そんなコトを思っていても彼が一旦不機嫌になってしまったら、
それ以上居てもらってもこちらも居心地が悪いし、
どうせ3時の休憩にはすっかり機嫌が直ってしまっているのだから、
いつものコトだと私は彼の背中を見送るコトもせずに煙草をふかしていた。
・・・そう、今の仕事仲間が集まりきるまでの約2週間で
私は彼の「突発的に怒る」に慣れてしまっていたので、
特に憤慨するコトもなく、驚くコトもなく居られた。
しかし他の仕事仲間はそうはいかない。
はじめて彼の「突発的に怒る」を目の当たりにした仲間達は
ポカンと彼の背中を見送って、その後私の方に向き直り、
口々に「気にするコト無いよ」とか「気を悪くしちゃダメだよ」とか
当たり障りの無い慰め言葉を口にし、
私は私で「う〜ん、別に気にしてないよ・・・慣れてるから(笑」と、
ごく普通の調子で受け答えをしていた。
「ホントあいつはお子様だなぁ。
ホントは好かれたがりのクセに、
嫌われるのが怖いからって気取ってやがるんだよ。
あんなのに構ってやる必要無いよ。
あいつの思う壺だよ・・・止めときな。
ああいうヤツは自分が好かれない人間だってのを一度思い知ればいいんだ。」
どこか嬉々として、私がGに関わらないコトを強制するようなZの口ぶりに
私は些か不快なモノを感じたが、それもごく普通の調子で受け流した。
「さあ・・・シカトする理由も無いし、
第一そういうのって大人気無いしね。」
普段のZの大人気無い姿を皮肉るニュアンスを感じ取ったのか、
Zは少し眉毛をつり上げたが、それもすぐに元に戻った。
「所詮、あと1ヶ月も無い付き合いだしね。」
「そう、1ヶ月も無いで思い出したんだが、
センター長が俺等の契約を延長する気らしい。」
不味くなった雰囲気を払拭しようとするかのように、
Zは担当から仕入れたお得情報を披露しはじめ、
それに仲間達が「え!ホント!?」「確定なんですか?まだ?」と
飛びついて行くと、Zは生き生きと話の続きを語り出した。
私は、いつものように話を聞くとも無しに
周囲の注目が再度自分に集まったコトでキラキラと目を輝かせながら
仕事の情報を分け与えている「リーダーのZ」の顔を
ボンヤリ煙草をくゆらせながら、冷めた思いで見つめていた。
思い出すのはさっきの、憤慨して去って行くGの背中を見つめていたZの表情。
皆があっけに取られてGの背中を見つめていた時、
日常茶飯事に驚くというリアクションもしないで即座にGの背中から目を離し、
何食わぬ顔で煙草を吸いながら、横目で見たZの顔は、
何故コイツがこんなに怒っているのだろうと、当事者の私が思うほどの
見る人が見れば「憤怒」の表情。
もっと言えば暗い情念の篭ったギラギラした目。
憎んでいるのと間違ってしまうほど、赤くて醜いその表情。
その目を見た私は思った。
・・・あ、執着の目だ。
まじまじと見た訳では無かったが、一瞬で私の目に焼きついた彼の表情から、
私はZの、Gに対する執着心を垣間見たような気がした。
私の数少ない経験と照らしあわせるならば、
あれは確かに執着する人間特有の目だ。
身勝手な願望を叶えてくれない相手を恨む目だ。
何故、自分より地味だし仕事が出来ないっていうだけで
あんなに嫌うのかなと思ってたけど
・・・彼はGに好かれたいのね。
好かれたいからああやっていじめるのね。
小学生の子供みたいに、好かれたいからいじめて、
結果嫌われるところから抜け出せて無いのね。
ふうん・・・どっちが『好かれたがり』なんだか。
私は、さっきのコトなんてまるでなかったみたいに熱を入れて
仕事の話で皆を喜ばせているZを、白けた顔をして見ていたと思う。
アンタのソレは、叶わない子供の片恋みたい。
|