大崎事件の再審請求が棄却された。
知らない事件だったのでネットで調べてみたら、1979年に起こった農家における親族内殺人で、再審請求したのは、犯人グループで唯一生存している、主犯とされる被害者の兄嫁。 再審請求と言えば、死刑囚が死にたくないがために獄中から裁判のやり直しを求めるイメージが強いが、この人は既に服役を終えて自由の身であり、名誉を回復するための再審請求らしい。 一貫して無罪を主張しているし、揃いも揃って知的或いは精神障害傾向にあったという共犯者達の証言の信憑性に疑問が残る事件だったようで、冤罪の可能性は無くはない。
しかし、だからと言って「冤罪だ!」と決め付ける人々も無責任だと思う。 先だっての遠隔操作事件も、支援者が馬鹿を見たよね。 正直片山被告はとっても犯人臭かったが、画伯の例(香川県坂出市の殺傷事件、2007年)もあるし、断定は出来なかった。 しかし無罪とも言い切れない。じゃあどうすれば? 答えは簡単だ。応援も断罪もせずに、静観するのだ。 一体どういう伝手で支援者が支援者となったのかはわからないが、いい大人達が検証もせずに被告の言い分のみを信じて、よく「この人は無実です!」なんて言えるよなー。 しかも片山が観念して自白した後で「裏切られた」とか、こいつら馬鹿かと思った。 弁護士はいいよ、被告が自分は無罪だと主張するなら、その言葉を信じて弁護するのが弁護士の仕事だもの。 だが、事件に何の関係も無い連中が支援者を名乗って支援活動するって、よっぽど暇なのか政治的に事件を利用したいかのどちらかだろう。 そして利用するつもりが利用されてしまいましたとさ。
片山事件では人死にが出ていないからまだマシだが(それでも若者の人生を狂わせているのだから死をもって償えばいいのにと思う)、以前見た「アンビリバボー」では更に酷い事例が紹介されていた。 イギリスで若い女性が殺され、友人の女性が被疑者となったが、彼女の無罪を信じ込んだ男性ジャーナリストが奔走して証拠らしきものと世論を集めて彼女の無罪を無理矢理勝ち取ったものの、実際に殺したのはやっぱり彼女であり、しかし一度無罪になってしまったので同じ罪で裁く事は出来ずに殺人者は野に放たれたのであった、というお話だった。 遺族に対してどう責任を取るんだろうね、こういう外野って。 無関係な素人は手も口も出すな、という教訓である。
|