2012年02月05日(日) |
「天使の声」〜死んで花実が咲くものか〜 |
先日、東日本大震災で宮城県本吉郡南三陸町の職員が、津波に飲み込まれる直前まで防災無線で避難を呼びかける放送をしていたという話が、来年度から埼玉の公立校の道徳の教科書に載る事になったというニュースがあった。 埼玉県教育局生徒指導課の主事によると、「任務への使命感、自分より人の事を考える人としての誇りを子供達に教えられる」だそうで。 なんかもう、
もんのすごい違和感。
こんな事言うと非難されるんだろうが、言わせて貰う。 仕事に命かけてどうするよ? 「ミレニアム」3部作の映画「眠れる女と狂卓の騎士」で編集長も言っていた。 日本では美徳とされる「命懸け」だが、外国ではこれが普通なんだなあと驚いた。 考えてみればそうなのだ。仕事より命が大事。 勿論これは、ちゃらんぽらんノススメではなく、仕事を途中で放り出すのを推奨している訳ではない。 でも日本では、陸前高田の新婚女性教員が生徒を迎えにわざわざ海方向に車を飛ばして津波に飲まれた例にしても、特にうら若い女性がこうやって死んじゃった話が受けるんだろうな。 そしてそういう話を好むのは、大概オッサンなんだろうなと思う。
昔のヨーロッパであった、堤防の決壊を防ぐために自分の腕を穴に突っ込んで犠牲になった少年とか、塩狩峠のような例なら話はわかるのだ。 誰も何もしなければ全員が死ぬという状況で、自ら犠牲になって大勢が助かるという話なら、美談として成立するが、津波の場合はそうではない。 乱暴な言い方をすれば、「命の無駄使い」だ。 そこを区別せずに、全てを美談に仕立ててしまう事には、怒りすら覚える。 他にも、自力で動けないような老人を助けるために、未来ある病院職員が犠牲になった話とか聞くと、本当にやり切れない。 絶対に間違っているよ、それって。
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