2006年07月26日(水) |
いいのか? 千葉地裁 |
千葉市動物公園で昨年4月、当時1歳の男児がベンチから仰向けに落ちて、植え込みの枯れ枝が頭に刺さり、1箇月後に脳挫傷で死亡した事故で、管理者である千葉市を相手取って、両親が約5100万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が出た。 長谷川誠裁判長は 「転倒した人が枯れ枝で怪我をするのは予見出来た」 「施設は主に子連れの来園者を想定しており、市は単独行動する幼児に対する安全性の確保を求められる」 と指摘し、千葉市に約1190万円の支払いを命じた。 両親は、「公園を管理する市は、枯れ枝を撤去するべきだった」と主張し、 対する千葉市は、「保護者の責任で幼児の安全に十分配慮するべきだった」 と反論していた。
日本も愈々アメリカ並みの、言いがかりに近いごね得の罷り通る訴訟社会になりつつあるのか。 嫌な世の中である。 昨年、この事故のニュースを聞いた時に、確かに気の毒だと思った。 しかし私が1番同情して心配したのは、事故当時、死亡男児の1番近くにいた、彼の姉である。 隣に座っていた(と報道で聞いた)自分がもっと気を配っていたら弟は死なずに済んだと、(確か)小学生の彼女は自分を責めたのではないだろうか。 そう思って、私は密かに心を痛めていた。
しかし事故から暫くして、両親は千葉市を訴えた。 悪いがこの子の死は、公園管理者のせいではないと私は思う。 誰かが意地悪をしたのではなく、落ちた先に偶々枯れ枝があったのだ。 それは誰が悪いというものではない。 運が悪かったのだ。 不幸な目に遭った時、人はそれを誰かのせいにしたくなる。 その気持ちは解るが、同意は出来ない。 裁判を起こした時点で、私はこの親を、ゴミ箱少年の親と同様の馬鹿親に認定した。
しかし地裁は親に軍配を上げた。 「背凭れの無いベンチは落ちるから危険」 「枯れ枝は刺さるから植え込みは危険」 植え込みではなく石畳だったとしても、赤ん坊が頭から墜落した場合、打ち所が悪ければ死ぬだろう。 ベンチの後ろにスポンジでも敷けというのか? ……アホかと。 枯れ枝の撤去を千葉市に求めるなら、お前が自分で事前にチェックして拾えよ。 危険なんて、どこにでも転がっているのだ。 通り魔的犯罪は防ぎようがないが、こういった類の事故なら、親の注意である程度は防げる筈。 子供については、結局親が責任を持つべきなのだ。
千葉地裁と言えば、違う裁判官だが、最近では今月10日に、母親殺しの男を執行猶予処分にしている。 介護疲れ等の事情はあったにせよ、一昔前なら尊属殺人である。 それなのに執行猶予。甘過ぎやしないか? 裁判官も人の子だが、本当に妥当な判断なのか、いまいち信用出来ないでいる。
☆追記☆
翌日(7月27日)の「とくダネ!」で、小倉智昭が、 「千葉市は控訴するべきだ」 「こんな判決が出るなら、千葉市は全ての施設を閉鎖したらいい」 と言っていた。 鬘着用なのは兎も角、この人はいつも偉そうなので好きではなかったのだが、この発言だけは全くその通りだと思った。 頑張れ千葉市!
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