日々是迷々之記
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2004年12月10日(金) 4年ぶりだよ、おっ母さん!がしかし…

4年ぶりに母親に会ったんである。なんでそんなに疎遠なのかと言うと、結婚に反対されてその後もいろいろとしょーもないことをしてきたので、険悪な状態になりどちらも無視するようになってしまったのである。

それが今日は会った。病院のベッドの上で管を刺されて、手にはなべつかみのようなカバーをかぶせられ、柵に手を固定されていた。暴れて管類を外さないようにだ。意識はないが、苦しいと暴れるらしい。

昼過ぎに携帯に電話があった。いやな感じがしたのでかけ直してみると、社会保険事務所の人で、母親が倒れて運ばれたが、身よりの人間を捜していたのだと言う。それで私の携帯番号がどうして分かったのかは謎である。有り難い反面、個人情報というのはどこでどうつながっているのだろう。(実家にいたときはドコモ、結婚してからはJフォン、ツーカーと何度か番号は変わっている。それに、母親はツーカーの番号は知らないはずだった。)

倒れたのは水曜日、発見されて搬送されたのは木曜日の夕方。で、身寄りが見つかったのが今日、金曜日の夕方。手術の承諾書が要ったのだそうな。そしてさっき3時間ほどの手術が終わった。手術は成功したが、意識は戻っていない。先生によると、意識は戻っていても寝ぼけているような感じになるので、モノはあんまり考えられないような状態になるらしい。

病名は脳梗塞。左半身は完全に麻痺しており、言葉ははっきりわからない。死んでしまって腫れあがった左脳に脳幹が圧迫され、瞳孔が開きつつあった。頭蓋骨を一部切開して、脳幹の圧迫を食い止めるのが精一杯。脳幹がダメージを受けると、呼吸、視覚など、生きるのに必要な機能が失われてしまうとのこと。

頭の血管の写真を見せてもらった。心臓からやってきた血管が、頭のまんなかで左右に分かれる。その別れてすぐの血管が盛大に詰まっているのがよく分かる。主な原因としては、不整脈に由来するもの、生活習慣病があるという。が、今回の場合は生活習慣病ではないか、とのことだった。油っぽいものには気を使っていたが、甘いモノは好きなだけ食べて糖尿に。みのもんたや、「あるある」に影響されやすいタイプで、家には黒酢、酢大豆、ごま、ココア、赤ワインがホコリをかぶっている。

ちなみに母はアルコールが全然だめだ。分解する酵素を全く持っていない体質で、コップ一杯のビールを同窓会で飲み干し、救急車で運ばれたこともあったらしい。なのに、健康のためにポリフェノールを含んだ赤ワインを買ってしまうのである。

これが実の母親だと思うとめまいがするが、いくらぼやいても、昔の憎そい(にくったらしい)母親はもう戻ってこないだろう。「憎む気持ちからは何も生まれない」という事実を受け入れ、自分なりの最善を尽くそうと、手術を待つ間に決心をした。

まぁ、一般的に考えれば、私は冷徹すぎるのかもしれないが。


nao-zo |MAIL

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