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2001年09月23日(日) ■ |
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神経疲労。 |
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今日は出身中の体育祭。妹を見に行くとかこつけてバイトを休み、結局目玉である種目を見逃す始末(爆)でも、恩師に会いに行くという目的は見事成されたので、よしとしましょう。 そう、その恩師の話を少し。中学に入学した当時からのおつきあいで、卒業までずっとお世話になった先生なのです。とても熱く、生徒の目線でモノを考え、けれど決して同じレベルまで落とすのでなく、引き上げてくれるような先生。生徒受けはもちろんのこと保護者受けもものすごくいい。悪く言うとムチャな先生なんだけどね。生徒が諦めない限り、精一杯背中を押してくれるような先生。三年間とても大好きで、未だに憬れる。『好きなことしかしてない』そう言い切ってしまえる人生を送っている。その先生にはそれが当たり前のような印象さえ受ける。その生き方がどれだけ難しいのかを忘れてしまえる。 けれど、私にはどうしても未だに忘れられない、トラウマと化してしまったその先生からの言葉がある。これから先どんなことがあっても、これからまたその先生に感動を覚えても、それは決して消えることなく私の中で立ち尽くすのだと思う。 「お前はいったいどういう教育を受けてきたんだ。」 面と向かって先生に言われてしまった、言わせてしまった言葉なのだけれど、この言葉には心底傷つき落ち込んだ。学校側からそうするように言われた通り、私はそれに従っていた。ところが、先生はその行為によってもたらされた結果を見、怒りを覚えたのか「誰がやった」と私達に問いただした。その時すぐ近くにいた私がいの一番に挙手をした。悪いことをしている意識も、まして悪い事だなどと微塵も思わないし、今思い返してもそう思えない。ところが、先生から返ってきた言葉はこの一言だったのだ。 「お前はいったいどういう教育を受けてきたんだ。」 その行為の善悪は置いておくとして、なぜ、それを犯した私でなく私の両親を侮辱するような言い方をされなければならないのか?ごく少数の友人以外に誰に話すことも出来ずに、私は悩んだ。そして自分のしたことによって先生の中で、私の両親が貶められた様でとてもショックだった。翌朝いつもの様に食卓について、朝食をとっていた。家を出なければならない時間は着々と近づいてくる。けれど、学校へ行くことがとても憂鬱で、苦しかった。以前登校拒否をしていた頃を思い出した。学校へ行きたくなかった。 落ち込んでうつむく私に、母が「何故落ち込んでいるのか」をたずねる。私は事の始終を話しながら、何時の間にか泣いていた。拭っても拭っても泪は流れてきて、挙句の果てには嗚咽が混じってろくに喋れていなかった。「誤解を解いた後、先生は何か言っていたか」と母に問われた。結局その問いに私がなんと答えたのかは閲覧するであろう人間のことを考えて伏せておくが、その時に私がした受け答えが、今の「私の両親と妹」とその先生の関係の一角を担っている、そう言っても大げさではない。
なんか暗い話で申し訳ない。気分転換に「堂本兄弟」の話でも。えなり君に爆笑するGackt、片手で膝をバシバシ叩きながらうける姿がなんだか物珍しかったですな。まあ、可愛かったけど。そういえば来週は私が期待していたミッチーの登場。果たしてどうなるのでしょう。以前から何度か光一君の言葉にあるように「王子」ネタで話が広がるのでしょうか。ならやっぱり必然的にGacktもトークに絡みやすくなるよね。な〜んてさり気にそんなところに大期待!!!ああ、久しぶりにミッチーのCD聞きたくなってきたよ。寝る前に聞こうかな。 話しもどしてえなり君。彼が「パラパラ」って言うたびにGacktに侵食された耳は「パパラパ」と拾ってしまうのでした(笑)さり気に後ろでパラパラやるGackt。なんだか今週は可愛い尽くしで嬉しかったわん。
授業で作った3DCG。3Dをやってる人にはこんなの簡単。と思われるであろうCGだけど、私には生まれて始めての3D。画像よくないのだけれど、二つほど準備してみました。よかったら覗いちゃってください。
http://www.geocities.co.jp/MusicStar-Guitar/4545/kadai/D.jpg
http://www.geocities.co.jp/MusicStar-Guitar/4545/kadai/stand0.jpg
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