りとるのひとりごと。
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2002年04月29日(月) 棚卸し〜AD編「辞めてやる!」

の〜んびりGWを過ごしている未亡人、りとるっす。

最近はダンナも夢に出てこなくなっちゃって、少し寂しかったりして。

代わりに元カレや初恋の人が出てきたりして・・ははは。

でも夢の中でさえ誰ともラブラブにならないのであった。くすん。


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AD時代は今思うといろいろエピソードがあるなあー。

そもそも自分がADだったってのも信じられない気がする・・。

しょっちゅうロケに行って貧血起こしたこともあった。

売れない演歌歌手のプロモビデオ撮影の時は、ひたすらカメラの
ケーブルをさばきつづけた。

たまにゲストが来たが、全然知らない人ばかり(笑)

唯一恩恵を受けたのは、映画の試写会。

映画紹介のコーナーがあるので、配給元とは仲がいいらしい。

しかし・・。

せっかく連れていってもらっても、大抵私は寝ていた・・。

見たいのはやまやまだったが、睡魔には勝てず。とほほ。


その映画コーナーを担当していたディレクターに気に入られ、
いつの間にか男女の仲になっていた。

最初はひたかくしにしていたが、すぐバレバレ。

私が怒られるとディレクターの彼がフォローしてくれるのだが、
それが私の職場での居心地をかえって悪くさせていた。

仕事のきつさ、精神的なつらさがどんどん蓄積されていく。


半年たったある日。

私は生放送中にちょっとしたミス?をやらかした。

料理コーナーに使った鍋があったのだが、コーナーが終わっても
鍋の中のもの(天ぷらだったかな)を出さなかったので、
いつまでも鍋がボコボコ音をたててしまったのだ。

実際音声は届かなかったが、あとで担当ディレクター2人がかりで
こっぴどく叱られた。

説教が終わって部屋から出ようとしたら、チーフディレクターが
私の耳元でぼそっとつぶやいた。

「このことは○○には言うなよ」

○○は、つき合っていたディレクターの名だった。


私はその一言で完全にキレた。

いままでずーーーーっと我慢してきたものが一気に吹き出た感じ。

でもその場ではぐっとこらえた。

今までのように遠くのトイレの中で号泣することもなかった。


家に帰ってから。

泣いて泣いて泣きわめいた。

家に電話した。

「会社・・辞めるから」

辞表を書いた。

翌日出した。


プロデューサーも突然のことに驚いてチーフDと説得にきた。

「何か不満があったら何でも言って欲しい」

プロデューサーの言葉にチーフDの顔がこわばったが、私は
何も言わなかった。

「家庭の事情です」

ひたすらそれで押し通した。

今思えば全部吐き出した方が良かったのかなー・・。

お金おろす使いっ走りまでさせられてたんだものー。


私は会社を辞めた。

楽になった。

ディレクターとのつきあいは、その後5年にわたって続いた。


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