りとるのひとりごと。
DiaryINDEX|past|will
| 2002年04月29日(月) |
棚卸し〜AD編「辞めてやる!」 |
の〜んびりGWを過ごしている未亡人、りとるっす。
最近はダンナも夢に出てこなくなっちゃって、少し寂しかったりして。
代わりに元カレや初恋の人が出てきたりして・・ははは。
でも夢の中でさえ誰ともラブラブにならないのであった。くすん。
**********************************
AD時代は今思うといろいろエピソードがあるなあー。
そもそも自分がADだったってのも信じられない気がする・・。
しょっちゅうロケに行って貧血起こしたこともあった。
売れない演歌歌手のプロモビデオ撮影の時は、ひたすらカメラの ケーブルをさばきつづけた。
たまにゲストが来たが、全然知らない人ばかり(笑)
唯一恩恵を受けたのは、映画の試写会。
映画紹介のコーナーがあるので、配給元とは仲がいいらしい。
しかし・・。
せっかく連れていってもらっても、大抵私は寝ていた・・。
見たいのはやまやまだったが、睡魔には勝てず。とほほ。
その映画コーナーを担当していたディレクターに気に入られ、 いつの間にか男女の仲になっていた。
最初はひたかくしにしていたが、すぐバレバレ。
私が怒られるとディレクターの彼がフォローしてくれるのだが、 それが私の職場での居心地をかえって悪くさせていた。
仕事のきつさ、精神的なつらさがどんどん蓄積されていく。
半年たったある日。
私は生放送中にちょっとしたミス?をやらかした。
料理コーナーに使った鍋があったのだが、コーナーが終わっても 鍋の中のもの(天ぷらだったかな)を出さなかったので、 いつまでも鍋がボコボコ音をたててしまったのだ。
実際音声は届かなかったが、あとで担当ディレクター2人がかりで こっぴどく叱られた。
説教が終わって部屋から出ようとしたら、チーフディレクターが 私の耳元でぼそっとつぶやいた。
「このことは○○には言うなよ」
○○は、つき合っていたディレクターの名だった。
私はその一言で完全にキレた。
いままでずーーーーっと我慢してきたものが一気に吹き出た感じ。
でもその場ではぐっとこらえた。
今までのように遠くのトイレの中で号泣することもなかった。
家に帰ってから。
泣いて泣いて泣きわめいた。
家に電話した。
「会社・・辞めるから」
辞表を書いた。
翌日出した。
プロデューサーも突然のことに驚いてチーフDと説得にきた。
「何か不満があったら何でも言って欲しい」
プロデューサーの言葉にチーフDの顔がこわばったが、私は 何も言わなかった。
「家庭の事情です」
ひたすらそれで押し通した。
今思えば全部吐き出した方が良かったのかなー・・。
お金おろす使いっ走りまでさせられてたんだものー。
私は会社を辞めた。
楽になった。
ディレクターとのつきあいは、その後5年にわたって続いた。
|