**Secret**..miho
お別れ
2007年05月23日(水)
今日は、入院仲間だったおじちゃんの告別式でした。

昨夜は、怖くて不安で3時すぎまで眠れませんでした。
お葬式に出席するのは、おじいちゃん、おばあちゃん、
そして、今回で3度目でした。他人のお葬式は初めて…

葬儀場は、おうちから徒歩15分くらいで行ける近所。
黒い喪服を着て黒い日傘を差して炎天下をてくてく…
葬儀場正面の大きなおじちゃんのフルネームを見て、
胸がグッと熱くなった。本当に亡くなっちゃったんだ…
入院中、毎日のように病室の入り口で見ていた名前。

会場に入ると、私の知らないおじちゃんの顔写真が見えた。
私が知っているおじちゃんは、闘病中の険しい表情だから。
おじちゃんは大阪出身で大の阪神タイガースファンでした。
思い出の品として、阪神の優勝旗が堂々と掲げられてたよ。
それと、阪神の縦じま模様の抱き枕とティッシュカバーも…
入院グッズだったのかな…私も、以前、タイガースver.の
キティちゃんストラップをプレゼントして、杖に付けてくれてた。

ほぼ身内だけの静かな告別式でした。
おじちゃん側の親戚の方々は、わざわざ
大阪から出向いて来られたみたいです。
喪主のご長男は、おじちゃんそっくり。
おじちゃんと同じ関西弁を喋っていたよ。
おじちゃんがお話しているみたいでした。

今までのお葬式は、孫として最前列に座っていたけど、
今回は身内ではなく一般の参列者だったので後ろの方…
会場内をぼぉ〜っと見渡しながら、ここに居る人たち
全員おじちゃんの事を偲んでいるんだなぁって思うと、
みんなに惜しまれて亡くなったおじちゃんの大きさを
実感した。私には見届けてくれる人なんて居るのかな…

お経が、とっても長く感じられた。
お線香の匂いが全身に染み付いた。
最も哀しみが込み上げてきたのは、
やっぱり、最後のお別れのひと時…
親族の方たちに紛れて私も一緒に
棺を取り囲んでお花を添えました。

おじちゃんのお顔は、安らかに眠っているようで、
長年の苦しい闘病生活を物語っているようでした。
顔にもいっぱい管を付けていたのかな…傷だらけ。
享年62歳。私と一緒に入院生活を送っていた頃は、
ちょうど現在の私の両親と同じ年齢だったんだね。
すっかりヤツれていたけど面影は残っていました。

おじちゃんのそばで泣き崩れていたおばちゃんが
とても気の毒で居た堪れず涙がボロボロ流れ出た。
最愛の人を亡くす哀しみなんて想像もできないよ…
おじちゃん夫婦はおしどり夫婦でした。入院中も、
毎日お見舞いに来ていたほど仲良し夫婦だったよ。
でも、おじちゃんの闘病は長く、おうちで一緒に
生活できた期間なんて、ほんの少しだったと思う。

おじちゃんの身体はボロボロで、
どれほど過酷な闘病生活だったか
私が知っている限りでも甚だしい。
何度も瀕死に陥り生き延びてきた。

一番最後のお電話で聞いたお話…
手足に血液が行き届かなくなり、
激しい神経痛で痛くて痛くて耐えられず、
そんなもの付けていても仕方ないから、
思い切って片足と手の指を切断したって。
晩年にはモルヒネ治療も受けていたって。
飲食も出来ず痛みしか感じず寝たきり。

どれほど苦しい毎日を送っていて、
どんなにか安楽を求めていたのか。
考えただけで痛みが伝わってくる…

6年前の入院中は同じ境遇に居たのに…

おじちゃんは、後から転院してきたの。
最初は怖くて近寄りがたい印象だった。
心を閉ざして病室に閉じこもっていた私に、
「どこが悪いん?」と声を掛けてきた。
当時、最年少だった私を実の娘のように
あれこれ気に掛けて可愛がってくれた。

次第に、一緒に食堂で夕食を食べたり、
夜のお散歩をしたり病室に遊びに行くほど
打ち解けて仲良しな関係になりました。
一緒にステロイドについてお勉強したり…
どっちが先に退院できるか競争したり。
ライバルでもあり、仲間同士でもあった。
信心深くて頑なで、私が落ち込むたびに
夜な夜なお説教されたり励まされていたよ。
おじちゃんと過ごす時間が大好きでした。
孤独で苦悩に満ちた入院生活も心強かった。

一番の思い出は、ある夏の夜、
「花火がしたい」という私のワガママを聞いてくれて、
病院の駐車場で、こっそり3人で花火をした思い出…
あと、私のバースデーあたりになると必ず放映される
『火垂の墓』を病室で一緒に観た事…
入院中のバースデープレゼントは金魚の巾着袋でした。
退院後、お見舞いに行った時、病院を抜け出して、
一緒に私の好きなお寿司を食べた事も覚えてるよ…

世の中は本当に不公平だなぁと思う。
病気の人、病気じゃない人、
生きる人、死する人、
この差は、何なんだろう…
おじちゃんが苦しみの果てに
亡くなってしまった事が凄く悔しい。

でも、ずっと嘆いたり哀しんだりする事を
亡くなった人が望んでいるはずはないので、
おじちゃんから教わった意志を大切にして、
強く前を向いて笑顔で精一杯に生きようと思います。
残された私の人生を頑張って生き抜くんだ。
最期の瞬間に幸せだったなぁと思えるように…

それが、生きている人間の使命。
自分らしさに誇りを持って…

お葬式から帰って、お昼寝をしたら、
入院中の夢を見たよ。今はなき病棟で
おじちゃんと、お喋りをしていたよ。

これからも、ずっと忘れないよ。
これからも、ずっと想ってるよ。

ずっと、私の中に居続けていてね。

m a i l



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