新聞で宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の中の一つの単語「ヒドリ」に関する記事を読んだ。 「ヒデリ」の書き間違いと読むか、そのまま「ヒドリ」(意味は様々)と読むか。 「ヒデリ」の書き損じという決着が一旦はついていたということに、ちょっと驚き。 それだけ詳細に研究する人もいるんだなと思ってさ。 確かに「ヒデリ」だとする意見は詳細でうなずけるものがありました。 「ヒドリ」(意味は各種様々)の意見はちょっと論拠が弱い感じ。 賢治に関しては生前、完全な形で発表されたものが少ないから仕方のないことなんだろうねぇ。 「銀河鉄道の夜」にしてもストーリーの流れに様々な形式があったし 「オツベルと象」の最後の1文の1文字が不明だったり。 作者に本当の意図を問えなくなってしまっている現在では どんな研究結果が出たとしても、どんなにしっかりした理由付けが出来たとしても 推測に過ぎないと思うんだよね。 賢治が書き記したまま掲載して、注釈でこういう意見があります、でいいんじゃないかしら。 読んだ人が独自に解釈する余地を少し残してくれてもいいような気がする。 そこから深く研究する人が現れて、また、別な解釈が生まれるかもしれないし。
難しいことだけどね。
|