Sun Set Days
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2004年09月15日(水) 『アフターダーク』

 若干のネタバレがあります。未読の方でそういうのがいやな方は読み進めないでください。






『アフターダーク』読了。村上春樹著。講談社。

 午後11時56分の章にはじまり、午前6時52分の章で終わる一晩の物語。
 3人称とも異なるある視点を通じて、幾人かの永い夜の出来事が次々と語られていく。その夜にはいくつかの出会いがあり、いくつかの事件があり、いくつかの言葉が交わされ、いくつかの謎が提起され、それでもほとんどの出来事は収斂されないまま夜が明ける。謎に決着がつかなくても、きりがつかなくても、それでも時間は等しく流れ、最後には夜が明ける。そして夜が明けてしまえば、再び何かが動き出す(かもしれない)夜まではまだ大分時間がある。

 夜や、夜の街(あるいは別の世界)の本当の暗闇のようなものの恐ろしさを提示するには、分量が短すぎるのだと思う。
 そして、人がそういったものに足を踏み入れるためには、まずは暗闇に目を慣らすことが必要なのかもしれない。
 本当の意味での暗闇(とそこに足を踏み入れた後に得られる光のようなもの)に出会うためには、まずは浅い闇、振り返れば明かりを見ることができるような場所に一度行くことが必要で、この作品はそういった位置づけなのかもしれないと思う。地下奥深いところにある暗闇まで階段を使って降りていくときにも、まずは少しずつ慎重に足を踏み入れていかなければならない。手に持っている松明の炎はちゃんとまだついているか、何かあったら入り口まで駆け戻ることができるか、そういったことを確かめながら少しずつ、少しずつ暗闇に五感と身体を慣らしていく必要があるのだ。

 ということで、『アフターダーク』はもう一段深い暗闇のようなものに溶け込ませるための、最初のステップという感じがする。もちろん、それは直接的な続編があるとかそういったことではないのだけれど、性質的な続編のようなものが出てくるのだろうなという感じがすごくするのだ。

 たとえば作家によっては最高傑作は常に最新作というようなことを語っているけれど(そしてそれはとてもすばらしいことだと思うけれど)、村上春樹の場合は慎重に一歩一歩進み、求める地点を探求するための習作のような作品があったりするような感じが強い。実際、いくつかの代表的な長編は短編作品を下敷きに書かれたものであるし、現実問題、すべての作品が(気持ちの上では別として)最高の質を持ち続けているというのも難しいことだ。それはつまり、長いキャリアを通じて定期的に現れてくる代表作のために、最終的にそこに帰結する助走期間のような作品があるということだ。もちろん、そういった習作のクオリティもまた非常に高いのがすごいところで、読みやすい文章や巧みな比喩は相変わらずなのだけれど、それでも、この作品を読み終わってみて振り返ってみると、これは来るべき新たなる代表作に通じるひとつの習作のような印象を受けたのだ。

 もしかしたら、それはスタイル的に実験的な、模索的な部分が感じられるからなのかもしれないけれど。

 作品の中では、本当に多くの謎が解決されないまま提示だけされる。
 たとえば、エリが迷い込んでしまった別の世界についてもそうだし、元々その世界にいた背広を着た男についてもそうだ(コンセントが抜かれているにも関わらず何かを受信しているテレビだってそうだ)。
 白川の抱え込んでいる闇についても表層的なところしか触れられていないし、一見バランスが取れているように見え、それでいて宿命的に様々なことに巻き込まれてしまう役回りのように見える高橋についても、彼が見ることになる漆黒の闇のようなものを今夜のところはうまくやり過ごしている。
 主人公的な存在であり、結果的に護られた存在であるマリについても、彼女が降りていかなければならない階段は今作では提示されない。
 そして、すべてのニアミスを“ある視点”はすべて注意深く見てとっており、ニアミスがいつまでも続くわけではないことを示唆し、闇と向かい合わざるを得ないときがくることを暗に仄めかす(あくまでも仰々しく語ったりはしない。暗に仄めかすだけ)。
 すべての夜に、街の闇の中に、ほんの少しだけ歯車を違えてしまえば迷い込んでしまう別の世界があって、本作ではその闇の入り口が垣間見えるだけだ。
 けれども、いつかその闇がぽっかりと大きな口を開けて現れ、それは随分と不条理なことなのだけれど、それでもいやおうなく巻き込まれてしまう人たちは(その中には宿命的な意味で巻き込まれてしまう人もいるだろうし、たまたま不運にも巻き込まれてしまう人もいるだろうし、意思を持って飛び込んでいく人もいるだろう)、最終的にはその闇の果てにあるものを見ることになるのだろう。

 個人は大きな存在の中で個別性を剥ぎ取られ、俯瞰的な視点で見たときの小さな点のように、判別することさえ難しくなってしまう。
 けれども、ある視点はそこからまた個人までズームを行い、その個人の物語を通じて大きくて不条理な何か(それは闇かもしれないし光かもしれない)を映し出していくことだろう。
 そういった意味で、この物語があることによって創られていくはずの、次の長めの長編が本当に楽しみだ。
 リアルタイムで大好きな作家の新作を首を長くして待つことができるしあわせを噛み締めつつ。


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 今日は休日で、『アフターダーク』を読んで、家で持ち帰り仕事をする日。
 朝早く起きて(というかいつもと同じ時間に起きて)、洗濯機を回し、細々とした掃除やら雑用やらをする。
 10時を過ぎてから、歩いて5分くらいのところにある地元で有名なケーキ屋に行きケーキを買う。
 部屋にずっといることを決めた日には、たまに買いに行くのだ。
 ショートケーキにプリン。
 地元で評判だけあって、おいしい。
 それから、やっぱり歩いて5分くらいのところにあるものすごくおいしいパンを作る店に行く。
 この店は今年の夏にオープンしたばかりなのだけれど、住宅地の真ん中なんていうわかりづらい場所にあるにも関わらず、いつ行ってもお客さんの姿がある。食パンとバゲットがかなりおいしいのだけれど、今日はバゲットを購入(あんまりにもおいしいので何もつけずにぱくぱく食べてしまう)。

 そして、11時くらいから14時くらいまで、ケーキとバゲットを食べて、濃いエスプレッソとアミノサプリを飲みながら『アフターダーク』を読んでいた。ダイニングの椅子に座って、包丁で食べやすい大きさに切ったバゲットを食べながら、夢中になって読んでいたのだ。感想は上に書いた通り。
 このDaysを書いているのは午後の15時過ぎだ。
 一息ついてから、持ち帰り仕事をはじめようと思う。


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 お知らせ

(19ページの)「ワム!の片割れとか」という台詞に思わず笑ってしまったのでした。


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