Sun Set Days
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2002年03月13日(水) 『吉野家の経済学』

 今日は移動中に、面白い本を読み終えた。『吉野家の経済学』安部修仁・伊藤元重著。日経ビジネス人文庫。
 今年の1月に発売された吉野家の社長と、流通に造詣の深い経済学の教授との対談集だ。
 これまで、様々な雑誌などでチェーン・ストアとしての吉野屋の強さを読む機会があって、すごいと思っていたのだけれど、今回はそれを対談という形で再認識させられた。あのどこのお店に行っても1分以内で牛丼が出てくる標準化のために、一体どのような仕組みやシステムが作られているのか、かなり興味深く読むことができた。

 印象に残った部分は、たとえばこういうところ。


 伊藤:今回の値下げを歓迎した消費者のなかで、どれだけの人が気付いているんでしょうねえ。一言で「値下げ」というけれども、それは原価計算したり、机の上で数字をいじくり回せば済むという話じゃない。店員の意識改革に始まり、食材はもちろんのこと、店の設備から本部のシステムまで、何から何まですべて変えていかなきゃならないってことですよね。「値段を変えるというのは、会社を変えることだ」という、安部さんの言葉の意味がよくわかった気がします。(59ページ)


 この、「値段を変えるというのは、会社を変えることだ」という言葉には、実際に陣頭指揮をとってきた社長の言葉だけあり、非常に説得力を持っている。吉野家はやることなすことが非常に数字に基づいているというか、論理的だ。
 たとえば、昨年の春の250円への期間的な実験値下げを踏まえた後、全国で様々な売価で実験を行い、最終的に販売数量と利益率の関連からデータに基づいて並盛を280円に値下げしている。
 そして、味のクオリティを変えずに280円にするという、ゴールからの逆算を行っているのだ。
 つまり、400円だったときの原価構成から少しずつ様々なものを削ってもそこまで値下げすることはできないために、一度ゼロベースで280円にするためにはどうするかという視点から見て、既存の枠組みやマニュアルにとらわれずに現実的に様々な仕組みを一度壊し、構築していく。
 そして構築していったものが、たとえば原材料の調達方法の変更であったり、客側からは見えないキッチン内の設備の変更、あるいはそれまで6つ折りだったカウンターにあるナプキンを4つ折りに変更するとか、店員の動きの無駄をなくすようにするなどということだ。つまり、商品の価格や原価を下げるために、直接商品の価格に関係ないような部分もトータルで、戦略的に再構築していっている。そうすることによって、結果的に価格を下げることができているのだ。
 もちろん、普通に牛丼を食べに来たお客はもちろん「安くなって嬉しい」くらいにしか思わないのだろうけど、品質を落とさずに価格を押し下げていくために、会社の中身を意識的に大きく変えていったということは本当に興味深い。
 特に、こうするという最初にあるべき状態を打ち出し、そうするためにはどうするのかと逆算しているところが。

 つまり、この言葉に集約されてくるような考え方だ。


 ある種のルーティンになってしまっている、いまの構造を変えていかなければならない。絶対に必要だと思い込んでいるものでも、根こそぎリセットすることで、まだまだいろんな選択肢が見えてきますよね。
(……)
 要するに目指すものが変わるんだから、発想を転換してくれと。最初に「こうでなければならない」というところから入らないと、彼らのフレームは絶対に壊せないですよね。(174−175ページ)


 また、他にも印象に残ったのは、


 でも、僕は究極の選択でいうと、こう考えるんです。マニュアルがあるためにサービスが過剰になって、それこそ幼児が来ても店員が敬語で話しかけるようなことがあるかもしれない。でも、マニュアルがあることによる過剰のほうが、ないことによる不備よりも、お客さんからすれば、まだ納得いくんじゃないか。(146−147ページ)


 チェーンストアに対しては、よくマニュアルに縛られているとかいう論調を見かけるものだけれど、個人的にはそれはひどく的外れな意見だと思う。第一、店頭では様々な判断を求められることが多く、そのすべてを臨機応変に答えたり処理したりするのは現実問題難しいのだ。そして一方では、お客様が訊かれるようなことというのは全国の店舗ベースで見るといくつかに収斂されてくる。であれば、それらをマニュアルにすることによって、スムーズな応対や作業が可能になってくるのだ。初めての人でも簡単にできるようになるわけだし。全国の様々な店舗で働いている人たちは、職人ではなくただのパートさんやアルバイトさんも少なくない。だったら、いちいち先輩の背中を見て覚えていくようなやり方は現実にそぐわないのだ。
 ただ、マニュアルを絶対視するのもまた危険なわけで、それについてもこう語っている。


「マニュアルを守れ」と管理する方向に進むのは間違っていると、僕は思うんです。使われていないということは、道具としてみたときにどこか問題があるわけですから。(147ページ)


 また、面白いエピソードとしては、以下のものが。


 100店になったのは昭和52年の7月だったんですが、そのときに「来年の6月までに200店に増やす」と宣言しましてね。宣言だけじゃなく、200店突破記念パーティをホテルオークラでやるということで予約までしてしまった(笑)。
(……)
 それでも、なんとかかんとか新たに100店作りましてね。やっとの思いで昭和53年6月30日の200店突破パーティにこぎつけた。そうしたら、そのパーティで、アメリカにおける200店構想がぶち上げられた(笑)(192ページ)


 ホテルを予約してしまうなんて、勢いが感じられる。すごい……
 でも、そんなに勢いのあった吉野家も、急速な店舗拡大などが仇となり一度倒産し、再生法を適用されることになってしまった。
 そして、珍しいことにそこから奇跡的とも言える復活をとげ、債務を4年で弁済し、いまでは東証1部へも上場を行った。
 そんな会社は、ほとんどないということができるだろう。
(最近、ヤオハンがほぼ再建のめどが立っていたけれど、共通するのは日銭が入る商売のため、キャッシュ・フローが潤沢になりやすいという部分なのだと思う)

 この本は、吉野家というどこにでもあるチェーンが、どのような哲学で運営されているのかを垣間見ることができるため、非常に刺激的な内容であるともいうことができる。
 オススメです。


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 今日のDaysは、Sun Set@大阪がお送りしました。
(文章の半分は、新幹線の中で書いたのだけれど)


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