創造と想像のマニア
日記というよりもコラムかも…

2005年01月20日(木) 稲葉づけ。

昨日の日記に書いた通り、今日は朝から「勝手にしやがれ」をエンドレスで聴いていました。そして「遠くまで」も聴いて、ベストも聴いた。日記の中でですが、かなり熱くなってしまい、その熱がどうにも冷めないという感じです。
冷えていたのに熱が出たというのではなく、元々熱を持っているのに、更にそれが熱くなって…という状態。
たまにこういう状態になるんですよね。なにがどうなってそのスイッチがオンになっているのかは未だに不明ですが、このヘッドフォンステレオのおかげで、聴きたい時にB'zの全ての曲がいつも手元にあるといういい環境なので、いい私が熱くなった時にすぐに聴けるのがいい。
B'zと稲葉のアルバムやシングルは全部入れているけれど、まっちゃんのソロは入れていないんですよね。「#1090」や「SACRED FIELD」「恋華」…これも聴きたいとよく思うんだけど、パソにデータ化させていないので「また今度」という具合に流れていってます。まっちゃんの音楽が好きで、稲葉の言葉の世界が好きだからB'zのファンになったのですが、音楽を聴く時最近は特に言葉を聴くようになったんですよね。だから稲葉の言葉が気になる。他の音楽でも言葉が気になるんだけれど、稲葉の言葉程聞き込もうとは思わないから音も一緒に聴いたり、アレンジが気になったり、一番はベースラインが気になるし、それを聴こうとしています。
が、稲葉の言葉だとそこを中心にしてしまって、中々音にまで気が回らない事が多くなっている。LIVEだとバックのドラムがめちゃくちゃいい音出しているので、それも一緒に聴いているんだけどね。
って、まっちゃんのギターはどないやねん!
となると、まっちゃんのギターも好きなんですが、基本私はドラムとベースの音命なので、特に気にしないのです。
まっちゃん、ごめーん(笑)
稲葉の声はガンガン進化しているような感じが好きだし、あの言葉を生み出し、生み出した人が歌うという部分がどうにもツボで、そのツボはどうにも深くて、だから長い間稲葉づけになっているんだろうなと漠然と感じている。
でも、昔の方が稲葉の言葉に対して敏感だったんです。その敏感だった自分に戻りたい気持ちも持っています。今はどうしてあそこまで敏感になれないんだろう。大人になったからなのか、気持ちの上での通過点を過ぎてしまっていたから、昔はひっかかっていた部分に対して敏感に、そしてトゲトゲな気持ちが出なくなってしまったのだろうか。
そんな事を考えながら音楽を聴いている自分がいます。
純粋に音を楽しめばいいのに。
楽しむものなのに、色々考えてひねくれすぎてるなぁ…


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未森

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