解放区

2011年11月14日(月) 父と暮らす/トランス脂肪酸の恐ろしさ

夕方までの勤務の時は、帰宅時に買い物を済ませるのだが、昼までの勤務の時は、デイケアから帰って来た父と一緒に、近くのスーパーで買い物をする。
「昼は何食べた?」
と聞くが、なんやったかなあと彼は首をかしげる。短期記憶が障害されているのでまあ覚えていないだろうな、と思いながら、いつも同じ質問をする。ふと、何事もなかったかのように彼に正気が戻るのを期待しているかのように。

脳の一部を傷害した彼は、まるで子供だ。欲しいものの前でじっとしたまま動かない。「おっこれ安いやん」と叫ぶのは、たいてい生ギョーザの前だ。刺身のコーナーの前では、じっと刺身を見つめたまま動かなくなる。先日は、イワシの前で彼が動かなくなったので、100円で山盛り入ったイワシを購入し生姜と梅干しで煮つけた。「何食べたい?」ときくと、たいてい「なすび」と答えるので安くて助かる。

料理を盛り付けて机に運ぶと、「わっごちそうや。おいしそういただきまーす」と一人で食べ始める。文句を言ってこないところは人ができているが、きっとろくなものを食べてこなかった人生に違いない。てめえはこの人が、ギョーザと焼き茄子とラーメンと冷凍食品で生きてきたことを知っている。


喫煙もせず、大きな病気もなく、肥満でもない、むしろトライアスロンに出たりチャリで日本一周を実現するくらいのスポーツマンだった父が狭心症を起こしたのは、てめえが南国に行ってすぐのことだった。彼はその時、冷凍食品を運ぶトラックの運転手をしていた。
「ちょっと動くと胸がぎゅーっと重くなるのだが、これはなんだ」と父から電話がかかって来た。よく話を聞くと、典型的な狭心症発作だった。
「電話を切って、すぐに病院に行け。そうしないと心筋梗塞で死にますぜ」と、てめえは父に言った。仕事が忙しくてなんとかかんとかなどと言っていたが、最終的には病院に行くことを了承し、みごと冠動脈に狭窄が見つかった。あと少しで閉塞し、梗塞に至る一歩手前だった。完全に詰まってしまう手前で冠動脈にステントを入れ、彼は生還した。

「なんでこんなことになるんや?」と、まだ正気だった彼はてめえに聞いた。確かに、彼には心臓病のリスクファクターは全くなかった。高脂血症でもなく、糖尿病でも高血圧もなかった。先に書いたように、肥満もなく喫煙もしていない。まったくリスクはなかった。

「まあ、そういう人もおるわ。喫煙したことないのに肺がんになったり、お酒一滴も飲まないのに肝臓壊す人もおるやろ」と、てめえは疫学者が聞いたら卒倒するような詭弁を言った。だが、その時は本当にわからなかった。なぜ彼が、狭心症になったのか。


あれから時も経ち、今ならわかるようになった。まったく、学校では大切なことは学ばないものだ。今ならわかる。冷凍食品、及びそれに多く含まれる、揚げ物のせいだ。コレステロールも高くなかったのだがら恐れ入る。トランス脂肪酸の恐ろしさを父で思い知らされることになるとは思わなかった。

てめえはもともと揚げ物料理をすることが少なかった(めんどくさいからで、ほしい時には買っていた)が、トランス脂肪酸の勉強をしてから、揚げ物を徹底的に避けるようになった。もちろんスナック菓子もである。友人と外食するときは、食べることもあるが、それ以外では意識的に避けている。ので、父の食卓に揚げ物はない。ので、今後彼は長生きするだろうな、などと考えている。


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い・よんひー [MAIL]

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