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- 諸行無常 -

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2004年06月09日(水) 刹那主義なエゴイスト

ミスチルのSignと言う歌を友達にDLしてもらい貰った。

何回リピートして聞いたかな。

染みるなあ。

この歌。

あのドラマの柴崎コウは全聾で何も聞こえなくなり、目をつむると見えない、聞こえないの2重苦になり闇の中にいるようだと言った。

どれほど悲しい事だろうと後から思い出しても、涙が込み上げる。

生きる目標ってなんだろうか。

俺は人に良く言われる。

『やりたい事が沢山あっていいね』

『趣味が沢山あっていいね』

『なんでも出来ていいね』

自分がやりたい事やみたい事行きたい所が有るって言うのは

自分が色んな事を知りたかったりなんでも見て置きたいと言う気持ちが人より強いせいだろうか。

生きる目標なんて無い人いるのかな。

毎日を惰性に生きている人なんているのかな。

少なくとも何か楽しみを見つけたくて、欲しくて生きているに違いない。

何もする事が無いわけじゃない。

食べられなくなるわけじゃない。

失望の渦にいるわけじゃない。

自分がこうなりたいと言う存在を具体的にもてたらどうだろうか。

きっと俺は希な存在で、人一倍刹那に時間を無駄にしたくないと思っているセッカチな人間に違いない。

エゴの塊で、慢心に気付けぬ愚かな存在で、人を大事に出来ない情けない人間なのだと思う。

自分に纏わる人たちに自分が何かを与えられているだろうか。

自分が救いを欲しがる時にそれらの人々は救いの手を差し伸べてくれるだろうか。

俺は他人の為になる事をしている様な気分に浸るだけのエゴイストだ。

きっと。

人の話しを聞いた時にそれと気付ける愚かな自分を知った時に

一番情けなく感じる。

今の自分が他人にとってどれだけ必要な存在でいられるだろうか。

心から手を差し伸べてくれる人間が自分の中にいるだろうか。

いる。

いない。

いるのかも知れない。

いないのかも知れない。

これを見ている人で、もし俺を愚かに思う人がいたら

教えて欲しい。

愚かだと言う事に気付かせて欲しい。

今、おれは自分の背負ってる運命を取り払う事だけで精一杯で周りがみえて無いのかも知れない。

でもそれは他人には頼る事の出来ない、自分に課せられた物だから自分が幾重もの殻を破っていくしか無い。

何度も何度も上を向いて、負けずに越えていかねばならない壁で有り

その先に自分がようやく、普通の生活をする人間として、いられる。

こんな簡単な事が、こんな当たり前な事が、今は出来ない。

切ない限りだ。

大袈裟にも無くこれから先をキチンと両足つけて頑張らないと。

おれの周りにいる人間がおれにたづさわった事で、要らぬ嫌悪感を持ったならそれには深謝したい。

おれの周りにいる人には、いい意味で俺を利用し踏み台になって欲しいといつも思ってる。

おれと知り合った事で何かプラスになる物が有れば良いと思う。

それが大きくこれからの人生を変えるような出来事じゃなくても

心のどこかを触れるような、些細なものでいいから、プラスになればいいなと思う。

おれは今からがスタート、と言う時間が毎日続いたままで、ずっとスタート地点にいるばかりで

前に進めて無いのかも知れない。

刹那的に今を考えるのなら尚更何かを作り出して前を向き踏み出さないといけないのにね。



toto