鼻くそ駄文日記
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2001年08月06日(月) 毛むくじゃらの犬(フレドリック・ブラウン 創元推理文庫『復讐のの女神』に収録)

『未来世界から来た男』(創元ミステリ文庫)をはじめ、SFショートショートの名手フレドリック・ブラウン。ブラウンのSF短編は、奇抜なアイデアとユーモアに満ちあふれ、『ドラえもん』を見慣れているぼくらにはとても親しみやすくておもしろい。
 ブラウンはミステリも書く。ブラウンのミステリは、『名探偵コナン』を見たことがあるぼくでもど肝を抜かれる。なんなんだ、これは! という世界なのだ。
 ぼくのような頭の固い日本人は、SFならば奇抜なアイデアもユーモアも無批判に受け入れることができる。時間が逆流しようが、宇宙から変な奴らが責めてこようが、植物がしゃべろうが、「SFってこんなもんだよね」と思っているから安心して読めるのだ。
 しかし、ミステリとなるとそうはいかない。ミステリというのは、探偵がいて、人が死んで、うだうだと捜査が難航して、最後に探偵がずばっと犯人をいい当たるものだ。
 だが、そういうものとブラウンのミステリはひと味違う。奇抜なアイデアとユーモアのおかげで、いわゆるミステリを思い浮かべていると痛い目に遭遇する。

『毛むくじゃらの犬』の主人公は新米探偵のピーター・キッド。彼はどうでもいいラテン語のうんちくを得意気になって誰彼となく話す癖があり、新米としての意気込みを隠すためにわざと、事務所に十分遅刻するような生真面目な男である。
 主人公の探偵事務所の最初の依頼人として現れたスミス氏、毛むくじゃらのローバーという犬と一緒にやってくる。相談の内容は、ローバーの持ち主を探してほしい。ローバーには拾ったときに、飼い主の死を暗示させる手紙が入っていたそうだ。そして昨日、何度も殺されるような目にあったと言う。
 主人公はまったく別の推理を立てて事務所から一歩も出ずに事件を解決させるが、その直後、依頼人が本当に殺されてしまう。
 時には閉口するようなアメリカンジョークが溢れる明るい文体で、すらすらと話は進む。生真面目な主人公とぼけーっとした美人秘書、まぬけなローバーの絡み合いがおもしろい。最後のオチまでアメリカンジョークというおそろしさだ。
 実はこの『毛むくじゃらの犬』というタイトルもアメリカンジョークである。
 原題 The Shaggy Dog Murders は直訳すると『毛むくじゃらの犬の殺人』となるが、この shaggy dog は米語のスラングで「話し手がひとりで面白がって話していて聞き手を退屈させている様子」という意味がある。
 やたらとラテン語のうんちくをうれしそうに話す主人公は、このタイトルだからこそ生まれているのだ。
 そして、そのタイトルにはもちろん、本一冊ぶん、相手が退屈していてもえんえんと語る小説家へのアイロニーでもあるだろう。
 フレドリック・ブラウン、おそるべし。 


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