毎日楽しく過ごしたいな・・・
と、私は思っています。
だから、武灯と沢山笑って
沢山抱きしめて
沢山愛してるよって言うんです。
だって、其れが
一番大きな母のお仕事ですから。
でもね、流石に年に一度のこの時期は
笑って過ごせないのです。
私だって人間ですから
感情というものが有るのです。
昨日は一人でお寺に行きました。
武灯は実家に預けました。
実家の母には
買い物に行って来るね。
と言って、あの子の所へ行きました。
あの子にお墓は有りません。
あの子が死んだ次の日に
罪悪感は増すばかりで
自分で自分を殺したくなって
如何し様無かったので
水子を奉るお寺を探して行ったんです。
泣いて花を手向ける私を
小さな武灯は
只、ぽかんと見ていました。
だから、武灯は何も知りません。
本当は弟か妹が居たなんて・・・
あの子に逢う所は何処にも無いけれど
お墓も、位牌も無いけれど
お母さんは、きっとあのお寺に
あの子が居ると思うのです。
毎年誕生日を祝いに行くのだけれど
今年も、お寺の入り口にあった仁王像を見て
やっぱり自分が攻められている気がした。
きっと怒っているでしょうね。
きっと悲しんでいるでしょうね。
きっと怨んでいるでしょうね。
でも、其の侭で良いから
ずっとお母さんの傍に居てね。
でも、毎年思います。
今年も笑ってあげられなかったなって。
私は、あの子に
笑いかけてあげたかった筈なのに
昨日も泣いて謝る事しか出来ませんでした。
6年経っても進歩の無い母なのです・・・。
私の人生というのは
まだたったの28年だけれど
何処を振り返って見ても
あまり良い事には恵まれなかった。
子供の頃はずっと苛められた。
友達なんて居なかった。
遠足に行く時は
隣に誰も座っていない事があった。
皆にとっては楽しい時間だったのだろうけど
私にとっては苦痛の時間だった。
そして、其の侭1人で孤立した。
孤立した私にも
中学生1年生の時に、少しの間だけ友達が居た。
でも、2年生のクラス換えが来た時に
貴方と友達で居ると、私達の評判も落ちるから。
と、言って去って行った。
元々苛められてたし
友達なんて1人も居なかったから
学校に行くのを止めた。
そして、1人で知らない所を徘徊した。
そんな時、初めての男と出逢った。
只の軟派なのだけれど・・・
君、幾つ?
と、聞かれたので
16歳。
と、答えた。
本当は13歳の中学2年生。
一寸、大人になりたかった。
彼は20歳だと言った。
本当は22歳だったけれど・・・
そして、彼には妻が居たと後で知った。
子供が出来たから結婚したけれど
妻が流産したと言っていた。
私は妻から彼を奪いたかった。
けれど、妻が再び妊娠した。
彼は去って行った。
子供相手の只のお遊びだったんでしょうね。
でも、その男は死んでしまった。
10年程前に。
妻が連絡をくれた。
私は只ひたすら泣いた・・・。
高校に入ってからは、普通に友達が出来た。
親友って呼べる友達も出来た。
17歳の時には、恋人も出来た。
彼は優しくしてくれた。
彼を愛していた。
でも、親友に寝取られた。
そして私は、神経科に入院したんだ・・・。
18歳の時も、恋人が出来た。
すぐに捨てられたけどね。
もう、こんな人生が嫌になって
手首を切った。
だから、私の手首には
未だに傷が残っている・・・。
20歳の時に、ヒデという男を愛した。
でも、ヒデに愛されたのは、ほんの3ヶ月。
捨てられても愛していた。
ヒデを失いたくなかった。
ヒデの影を求めたかった。
私は心のストーカーとなった。
そして1人で
ヒデの子供を産んだ・・・。
そして、22歳の時。
子供を殺した。
お腹の中から引き摺り出した。
私が殺したんだ。
もう、本当に死にたかった・・・。
でもね、アキラが全てを支えてくれました。
こんな女を愛してくれました。
そしてアキラは今、隣で眠っています。
鼾をかきながら・・・。
私の名前は 各務 優有 です。
『優有』は死んだ子供の名前です。
そして『各務』は、母の鏡になりたいと
そう願って、名乗っている名前です。
願っているだけですよ。
悪い母なのは、自分が一番よく知っていますから。
だから、『鏡』では無く
『各務』なのです。
鏡になりきれない母の現れなのです・・・。
だから、私の名前は
各務 優有