覚書
自分自身への審問 辺見 庸 著 第五章 自分自身への審問 5 より
〈人間的な非人間群〉とは何か。人の存在はいま、恐るべき多義性の罠に没している。眼には見えない殺戮システムの一端をみずから知らず担いながら、同時に殺戮に反対したり、殺戮を憂えたり、殺戮を評論したり、無関心をきめこんだり……のいずれの態度決定もできるけれど、不可視の殺戮システムのなかで日々、生きていることには変わりがない。そのような文脈での〈人間的な非人間群〉なのだ。殺戮システムというと穏やかでないようだが、万物の商品化を実現しえている世界市場は、実のところ、いま最も合法的な殺戮システムではないだろうか。多くの人々はそこに人類社会繁栄の華やかな海市を見ている。しかし、海市は海市でしかない。市場ほど暴力的なものはない。私は世界市場というものに、ナチがつくりえた殺戮システムよりも何倍も大きく永続的で、自由かつ奔放にして誰からも祝福される民主的な殺戮システムを見ている。恐らくそこから〈人間的な非人間群〉は生まれてきたのだろう。で、私自身もまた、すぐれて人間的な非人間群の一員かどうかだが、この反語の意味するところを対象化というか、きっちりと説明し、撃つべき対象を明らかにしないかぎり、その群からも離脱できない、と私は思っている。つまり、残念ながら、私は依然、人間的な非人間集団に属していることになる。〈明るい闇〉という今日的状況を示すアイロニーもそうだ。その実態を底の底まで描きえないかぎりは、明るい闇から脱することはできず、明るい闇にすっぽりと包まれて死ぬほかないだろう。

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