 ハナイカダ(雄木)
覚書 (自分自身への審問 辺見 庸 著より)
思想なのか“心ばえ”なのか
あれは彼の思想がそうさせていたのか、それとも持ち前の性格とか、古い言葉で言うなら、“心ばえ”というものがそうさせていたのか、と。脳出血で倒れる前には、心ばえが一系列の思想の契機になり、翻って、思想が心ばえの背骨になる――くらいに理屈っぽく思っていたこともありましたが、いまは、人の心ばえって稀に、請け売りの思想とやらが尻尾巻いて逃げるほど深くて強いものがあると、割合単純に考えるようになりました。人は思想を愛するのではなく、自他の躰や内面を裏切らない心ばえをこそ安んじて愛し、自らの体内にもいつかそれが静かに芽生えてはこないかと待ちつづけるのではないでしょうか。
 ツマキチョウ(?)
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