覚書(辺見 庸 眼の探索より)
過去も未来もげにやげに、万事はたかが一炊の夢なのさと、じつは、うそぶいてもみたいのである。ろうたけた詩人のように。凡眼は、けれども、いまそのものにとらわれて、ここから継起する時の道筋が気になってしかたがない。 いうことなすことに粋の一つ二つきかせたくても、そのだいぶ手前で腹が立つ。「いま」が刻々生成している。しかとは見えない何かに、である。余殃の元を皆でじゅくじゅく生成していることに、である。 気色わるい靄に、それは似ている。 まっとうな怒りをせせら笑い、まあまあととりなして、なんにもなかったように見せかけるのも、この靄だ。記憶する限り、老いも若きもこんなにも理念をこばかにし、かつまた、弱きを痛めつけ強きを支える時代ってかつてなかった。これほど事の軽重をとりちがえながら賢し顔を気取っている時代もなかった。 靄は、しかし、矛盾を見事に希釈してみせる。暖簾に腕押し、糠に釘の空気を生成する。
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