とは何か、なんておこがましくて言えない私です 知識もないですし。
が、
ありのままでいいのかも、と ふと 思いました。 自然文学 という言葉もあるじゃないか・・・と。
その言葉に触れる事ができたのは 「鯰さん」のホームページにて。 さらに「露草さん」に頂いたメッセージは 私の心を優しくふるいにかけて下さいました。
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ここしばらく 固まってしまっていた、私の回路。 思考回路も 体の回路も。
「こうありたい」、その為には今日をこうして、ああして・・と 考え実行するのが好きです。(好きでした。)が、 全く動けない私になっていました。 そんな自分に気づいて、いよいよ自分が嫌いになってゆく。
体が重くて、視界にも思考にも いつもモヤがかかって いくら眠ってもすっきりしなくて 悲しい事ばかり思いついて 八つ当たりして・・・
「こうありたい」からどんどん かけ離れて行く自分。 ぶよぶよと湧いてくる自己嫌悪。 私は自分自身について、どうも多面性があるように思ってます。 その、いくつかある自分の中の 一番嫌いなタイプのヤツ(自分)が 幅をきかせているんです、ここしばらく。
窓を開けたい、でもそれを拒む自分。 ぐじゅぐじゅに腐ってしまいたい そんな怠惰な欲望がミョウに甘美なものに思えたりして 混沌としています。(していました。)
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鯰さんの文章に触れ、 「自然文学」を読みたいな と思いました。 自然文学の代表作といわれている 田山花袋の「田舎教師」をまたじっくり読み返そうと思っています。
今、私に必要なのは 無理に外出して気晴らしを試みることよりも 本の中に自分を探すことのようです。
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