死にたいと思い 死ぬと決意すれば 人は簡単に死ねる
僕は昔 死にたくないのに 死にたいと 死んでやろうと思ったことが 度々あった
死にたくないのだから 死ななかったのは 言うまでも無いが 当然だ
僕は生を実感するということに 少々執着しているのかもしれない
生き物は結構逞しい 少々のことでは死なないんだ かえって 苦しいことが生きる糧になることもある
僕は 死なない程度に 自身を傷つけ 血を見ることをしていた
カムイがしたように 同じように血が流れていることを 他人にみせるのではなく 自分という人に それを見せつけ
自身の生を実感していた
僕のコノ癖を 変に誤解されたくないから 僕は最近 僕を傷つけていない
それは正しいのだろうか
傷つけても問題ないだろう
傷跡の意味を 知って貰えたら 自身を傷つけることを止めるなんてことはないのだが
自身を理解して欲しいと 最近望んでいる
傷つけたいのだけれど 傷つけられない どうして手首に拘る
おそらく 自身の目で見やすく 手作業に支障のない部位だからだろう
言い訳か?
自分を傷つけ 血を見て自らの生を実感したり そんなことよりも 今の僕なりに 人のためになることを見つけ 動くことが 現代のカムイではないのか
僕にも 赤い血が流れている
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