日々のカルテ
There is no accounting for tastes.

2003年01月14日(火) お兄ちゃん。

と、メッセでずーっと話をしてました。



進路について。

まぁ、何がやりたいとかそう言うのですね。



基本的に、似たもの兄弟なので。

と言うか、うちの人間恐ろしいぐらいに基本的なところが似てますから。
何か話を切り出すときのことまでそっくりなんで、やはり兄弟って恐ろしいなぁと。





しかし、兄弟だから結構腹を割って話せるもので。
しかも、自分によく似てるから余計にわかりやすい。

時間が経ったので冷静なのかもしれませんが、なんだかんだ、頭もまともになりつつあるようで。


基本的に、うちの人間はやりたいことが一つに定まると言うことがなかなかないのですよ。
下の兄を見てると、それが顕著に表れてますし。


趣味でやることと、それをライフワークとしてやることと、どうにも混同しがちになるのですよ。
しかも何をやりたいとか、そう言うのがしっかり定まってないんだろうね。移り気があるって言うか。
しかし、はまるとその集中力は恐ろしいのですがね。

そして冷めやすい。

それは間違っていたとか、飽きたりとか思うと、もう急激に。
それが強みで欠点でもあるのです。



しかしまぁ、兄と話すとやっぱりつき合いが長い分、冷静になれるもんですな。

うそみたいに客観的ですし、たぶん考えるだけいろんなものを考えたってせいもあるんでしょうし、何が問題点かって言うのが見えてきたのでしょうね。



自分の歩いてきた道は振り返って分析して本で照らし合わせることが出来るけど、自分が歩いてく道は本を読むのも結構だけど照らし合わせるものがない。

まぁ、自分で作れと。



あんたは比較的大事に大事に育てられてきたんだし、一度ぐらいは悩んでもいいんじゃない?と、言われましたね。
たぶん、と言うより確実に、兄弟の中で挫折とか失敗とかがないのがあたしです。
年少者だからかもしれないけども、前例を見るとどうしても親がああだこうだ言って、それを言われるのがやだったんでしょうね。
親にそう思われるのが嫌だし、一時でも嫌われるのが怖くてダメだったんでしょう。



昔、あんたはなりたいものが決まってて良いね、と言われたことがありましたが、そのときは言葉を濁しました。


そのときのなりたいものとして知られていたのは管理栄養士。


なんで言葉を濁したかって、おそらく、私が自発的になりたいとかしたいとか思ったものではないのでしょう。
「これがいいわよ」とか何にも言われず、余計な情報も入らず、誰にも言われることなく。
一番最初に自分が触れて、なりたいと思うものではなかったのでしょう。


自発的に建設的な夢を持ったのは、実に遅くて高校3年の冬だったか。


でもまぁ、食の分野であることは変わらないのですが、



ああ、ごめん




きょうはもうちょっと、ねむいです


寝かせて


 そこ。  ここ。  どこ。


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