| 2004年10月29日(金) |
話しかけ、働きかけること |
癒しの森441
日々の映像を書き始めて、まもなく満8年を迎える。今年末で2920回目(365回×8年)の日々の映像となる。(公開しているのは2002年1月から)癒しの森も早いもので今年末500回になる。ここで、私の記述の基本姿勢を記述したい。日々の映像は読者に対して「社会の出来事を私はこのように捉えます。(認識します)あなたは、どう捉えましたか」という話し掛けなのである。 日々の映像の読者と懇談する機会がある。その過程で驚くべき事実があることを強く感じている。それは日々の映像を一人静かに読むだけの人は、書いている内容がほとんど記憶に残らないという事実なのである。このことは以前にも書いたことがあるが、読むだけという「静の状態」では脳が作動しないといっても過言ではないのである。すなわち、読んで記録(手を動かすという動)するか、読んだ内容を第三者に話し掛けるか(口を動かすという動)のどちらかの行動を取らないと、記憶には刻まれないのである。ただ読むだけでは、文字を追っていく散歩であって、読む本人の骨肉とならない。
これらの深刻な認識を踏まえて、公的な場所で「日々の映像の会」(定員30名程度)を開くことにした。今日はこの司会をお願いする3人と基本的な意見交換を行う。この会の基本は、会食を共にしながら参加者全員が日々の映像・癒しの森の話題を踏まえて、2〜5分のスピーチをお願いする方針なのである。(詳しくは後日の記述)
・話しかけ 働きかけの 動なくば 脳はほとんど 記憶を留めず
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