天下無敵な過ごし方
ああ、今日も今日だねぇ。
ここんとこの円高のおかげで薔薇が安いのはありがたい
2001年10月09日(火) オトナ育成所? そこが あたしを育ててくれた。

今日は 詩人さんと本読友とその旦那とカテキョとそのコイビトのあかりさんと
美味しい中華をたらふく食べた。(二夜続けて中華だ)
詩人さんは その風貌が「吟遊詩人だ」と当時の飲み友だちと言っていたら
ほんまもんの「詩人」さんだった という 
ちょいと浮き世場慣れした美味しいものハンターな御仁。
時々、若衆を誘ってくれて、その成果を披露してくれるのだった。

詩人さんと本読友は かれこれ10年ぐらいの付き合いになる。
知り合った場所は 今日最後に 詩人さんと引っかけに行った地元の小さい飲み屋。
(というと そこのマスターにえらく叱られる)

カテキョとも かん様・ゆーこさんとも そこで知り合った。

私鉄沿線にある その小さな店は
19才の頃から通っている。
そこで食べられる料理もさることながら、
そこの常連さんと 話が出来るから。

オープンして間もなく、田舎の友だちを誘って初めて入ったのだが、
2度目は  当時一緒に住んでいた姉と喧嘩して 
夕飯を食べ損ねたので 1人で入った。

生まれて初めて 1人で店に入ったのである。(しかも飲み屋?に)

そこで出会った人たちは 本読友を抜かせば
皆 社会人で ばりばり仕事をしている 目上の人たちだった。
マスターのお陰もあって、1人で行っても
安全に楽しく 色々な人たちと 話が出来て、
当時 半分自分に腐っていたあたしは
とてつもない 「間接的経験」を させていただいた。

覚えたてのお酒を飲みながら 美味しいものを食べながら
狭いカウンターで過ごす一時は 
それまで「同い年、精々学年1コ上下」ぐらいしか
自分の知り合いを持たなかった 田舎のコムスメには 
魔法のような時間だった。

自分の学びたい道が 決まり、
再度それについて勉強してる時も
その一線で活躍してる人が 「そんなんじゃ 甘い」と
言いつつも 課題を 丁寧に見てくれたり、
成人式・就職内定等も その場でいる人が
実家には帰らなかった あたしを
まるで 身内のように 祝ってくれた。

その人なりの人生観・哲学・美意識・お説教を
聞いては 感銘したり、楯突いたり。
そうしてるうちに 傍から見ても
学生とは見間違われないようになっていった。

去っていく人もあれば 新たに出会った人もいた。
何故か あたしは その店と ずーっといて、
つかず離れずしながら 今の今まで ここにいる。

その店に来るすべての人と話した訳でも 知り合った訳でもないのだけれど、
その店を懇意にしてた人、してる人に
可愛がられ おせっかいを焼かれ 誉められ 怒られ
もみくちゃにされていた気がする。
色々な立場・経験・職業の人が 色々な事を言っては
それに感化され、迷い、自分の生き様を決めていった気がする。
かなり影響はされたけど。

でも それが 嬉しかった。

親から与えられたチャンスや環境とは 別ものだったから。
それは あたしのもの。
そこから 学んだ事も感じた事も決めた事も
最後は自分で出来た  と思うから。

その人は 亡くなってしまったけど、
初めて「あたしの描く絵」を注文してくれたのも
そこの店でだった。

半年ぐらい平気で行かなかったり、
時には 「食べるものなぁーい」なんて 愚痴ったり、
友だちを連れて がやがや騒いだり、
結構 勝手な事をしてたりもするのだけど、
やっぱり ココロの中では 特別で大事な場所だったりする。

何か自分の人生で 大きな事を決めようとする時・決めた時、
そこに行って、キチンと報告出来るか出来ないかが、
あたしの中の判断基準にも なっている。
最近、そこで知り合ったセンセと話していて
それを 再認識した次第。

あはは。

そこには あたしが今まで描いた中でも
一番大きな絵が 一番目立つところにあったりもする。
そろそろ描き直さないと いけなあいかなぁ。
今のあたしのココロで。
(できれば 今度こそきちんとギャランティーを請求してみたい気もするが)




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