「ふと思ったんだけど、やっぱり初めてネクタイをつけたの時というのが、つけたことがある人にはあるわけですよね」 「そりゃあ当たり前でしょう」 「それでやっぱり初めてだと締め方がわからないわけで、誰かに教えてもらわないといけないでしょ」 「初めはそうですね」 「でも、自分が家に居て締め方のわかる家族がその時家にいなかったらどうするんでしょうね」 「それは困るねえ」 「二歳の弟しか居なかったりしてね」 「えらい歳の離れてる兄弟だなあ」 「いや、年子(としご)でね」 「なんで三才でネクタイ締めないといけないの」 「そういう制服の幼稚園があるからね」 「それは仕方ないなあ」 「でも長すぎて地面スレスレで困るんだけどね」 「子供用のを着用しなさいよ」 「上下のスーツもタブタブでね」 「完全に成人用一式じゃない。なんでその幼稚園は制服の寸法を間違えてるの」 「少子化であまり子供に予算をかけられないんだよ。だから皆お父さんのを着させててね」 「そこまで予算を削るなよ」 「まあでも僕が初めてネクタイをつけようとした時は父親が不在でね」 「それは出張かなんかで」 「いやまだ僕が幼い頃別れの際にしては不釣り合いなほど派手なネクタイをして『たかし、お父さんとお母さんが別れてもお父さんはお前のお父さんやからな』って言ったのを覚えているよ」 「離婚してるのかよ。ならいないでしょ」 「そんなわけで母親にネクタイの締め方を教えてもらってね」 「まあ良かったねえ、締めないといけない時にお母さんがいて」 「そんでまずは一回お手本を見る為に締めてもらったんだけど、その最中ずっと母親が『ああそう言えば仲が良かった時は毎朝かかしにこうやって締めてあげていたなあ』って言ってね」 「そんな悲しいエピソードはいいよ。それで<かかし>ってどういうことなんだよ」 「いやほんとはお父さんは<たかし>言うんだけれど・・・」 「君もたかしでしょ」 「漢字が違うよ」 「親子で同じ名前なのか。それでなんで<かかし>なの」 「いや単なる言い間違いだと思うよ」 「じゃあいちいち言い間違いをエピソードの中に盛り込むなよ。脚色してやれよお母さんの言い間違いを」 「リアルな方がいいかなと思って」 「しなくていーよ」 「まあでもネクタイと母親で思い出したけど、子供の頃母親に読んでもらった印象に残ってる童話があってね」 「どんなの」 「ネクタイが主人公なんだけどね」 「なんだそれ」 「ヒーローもので悪い組織がおって、ネクタイがそいつらの首を絞めあげるだけどね」 「うん」 「すると悪い奴等の気持ちが何故かシャンとして、ああ悪いことなんかやってられない会社に行かないと、となってね」 「ああ」 「まあ、サラリーマンは元々皆悪い奴だったという教訓を言ってる童話なんだけど」 「失礼でしょ全国のサラリーマンに。そんな教訓ダメでしょう」 「いやサラリーマンなんてのは一人じゃ何にもできないやつがなるもんでしょう。似てるでしょ、悪事を働く集団と」 「似てないよ」 「どっちも働いてるからね」 「それはそうだけど」 「でもある時ね」 「何が」 「ネクタイがね」 「ああ童話の続きね」 「あべこべに締められてね」 「おお」 「そのネクタイがこれ(このセリフを言っている人間が締めているネクタイ)なんです」 「うそつけ」 「それで変わりに僕がヒーローになってね」 「・・・」 「でもこの色が気に入らんから『なんでこんな色の絞めるの』って言ったんだけど」 「誰に言ったの」 「母親に」 「まだ絞めてもらってるのかよ」 「まだ覚えていなくてね」 「覚えろよ。ヒーローになる前にまずネクタイ締めなさい」 「それで実はネクタイの童話も最近読んでもらってね」 「もういいよ」
―END―
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