「君の夢 僕の思考/森博嗣」という本がある。 これは森氏の小説から引用された文章(引用したのは著者ではない)に写真とコメントを載せた本である。 森作品としてはマニアックだが、森氏の小説を読んだことが無い人が買っているというパターンもあるだろう。 この本には以下のような引用文が載っている。
「先生は、女性が社会に出て仕事をすることを、どう思われますか?」 「どうも思わないね。そもそも男女平等と職業とは無関係だ。つまり、男と平等になるために、仕事をするなんてナンセンスだと思う。それでは仕事をしている者が偉いという、馬鹿な男が考えた言い訳を認めることになる。いいかい。仕事をしていても、遊んでいても、人間は平等だ。問題をすり替えてはいけない」
この引用文には「女性と仕事 about gender」というタイトルがつけられている。 納得の引用文である。 人間の思考はどちらかに偏り易いと思う。 もちろん仕事自体が好きな人にどうこう言うのではない。 しかし本来、仕事というのは人間の目的ではない。 定義上も実際も違う。 何かの為に仕事をするのである。 しかしどうせしなくてはならないのなら、好きなことを仕事にしたいというのは誰もが思うことだろう。
僕は男女を問わず、仕事をしなくても済むような立場の人は仕事をしなくても当たり前だという雰囲気のある世の中になってほしいと思う。 そうすれば仕事をしなければ生きていけない(大多数の)人は、自然と仕事にうちこめるだろう。 金持ちが全くお金を使わずに仕事をすればするほど、不景気になるという理由からそれが言えると思う。(つまりあることろにはあるのだ)
女性は生物学的に働くことには向いてはないという事実がある。 この事実を無視してまで社会に出る方が不自然である。 その不自然さを経験することは悪くはないしプラスになる面もあるだろう。 しかしその不自然さが自分にとって心地よい者でない限り、女性は仕事をする自分というものを見つめ直すべきだろう。 そうすることによって精神面にも肉体面にもより良い影響がでるはずだ。 要は世間よりも現状を見つめるべきだということだ。
と偉そうに聞こえるかもしれないことを言う僕(男)は、実は根本的には働きたくない。 働くことに関しては、嫌なこともしなくてはいけないということを身を持って学べることだけが自分の為になっている。 だからせめて嫌なことが好きなものになればいいななどと矛盾したことを考えるのである。 そんな矛盾が人を成長させるのだとしたら、成長とは逞しくもあり虚しいものでもあるなあ。
―END―
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