| 2004年04月07日(水) |
ウィンドウ・ディナーという言葉を思いついた僕 |
「ウィンドウ・ディナー」 それはいつの年のことだったか忘れたがとにかく秋の夕暮れ時のことだった。 私は道沿いに料理店ばかりが並ぶ道の歩道を歩いていた。 するとある四人家族の姿が目に止まった。 身なりが貧相で、その場所に似つかわしくなかった。 その四人は父と母とその子供二人らしかったが、彼らは皆一つの店を歩道から眺め様子を伺うようにしてはまた隣の店の方へ移動しまた様子を伺うということを繰り返していた。 するとその家族は、とある店の前にじっと立ちすくむように動かなくなった。 その店のメニユーは、外から各料理のサンプルが確認できるようになっていた。 その家族に寄って耳をすませると、「あれはここのシェフが二代目になってから味が落ちたんだ」という父親らしい男の声が聞こえてきた。 その料理を口にしたことがあるのだろうか? 以前は今の身なりからは想像も出来ないほどにお金に余裕があったのだろうか? なぜそんな疑問が沸くのかというと、その店がそこそこに高い値段のものを出しているというのもあるが、それ以上に身なりが極貧の二文字を強烈に辺りに漂わせているからである。 子供達の「あれが食べたいこれが食べたい」という声が聞こえてくると、なんだか可愛そうになった。 しばらくすると店の人間がその家族を鬱陶しく思ったらしく、ガラスの扉を押し開け、彼らに睨みをきかせた。 その家族はその店の前から去っていった。 私は彼らが立っていた辺りに足を運び、しばらくサンプルのメニューを眺めてみた。 人々が足早に過ぎていく歩道の中、私とそのサンプルだけが落ち着き払っているように感じた。 その店はガラス張りだったので、私からも中からもお互いが見えるはずだったのだが、私からみれば椅子に腰を落ち着けているその店の客でさえも、忙しなく動いているように見えた。 その時私は、もう既に辺りから姿を消した四人家族のことを思った。 またどこかの店の前で立ち止まり、ウィンドウ・ショッピングをしているのだろうか?と。
―END―
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