| 2003年12月27日(土) |
注文をとらない料理店 |
その店に入るのは初めてだった。 着いた席にはメニュー表らしきものがなかった。 もっともメニュー表らしくないそれがあったのかもしれないが、私にはそれが認知できなかった。 よってメニュー表をよこすように店員に言わなければいけなかった。 私は先程席を案内してくれた店員に尋ねた。 「すみません、メニューはありますでしょうか?」 店員は僅かに驚いた表情をつくったがすぐに冷静になり、私の目を見てこう言った。 「この店では注文はとりませんのでご了承下さいませ」 そんな断りの書かれたポスターがどこかにあったろうか? まあいい。 それではきっと、コックがその日仕入れた材料から適当に見繕って調理をするのだろうと思い、私はしばらく待っていた。 やがて料理が幾品か運ばれてきた。 どれもまずかった。 料理としての出来ばえはともかく、それらは日本人には馴染みのないような味と見た目のものだった。 あとでコック長が出て来て「今日は珍しい材料も手に入り、いつもより一層力の入った調理をさせていただきました」と嘘ではないような口調で言っていた。 私はそうですかとか珍しい食べ物ですねと言って自分の気持ちが外に漏れない様に気を配った。 とにかく多くの料理が運ばれてきたので食べきれないものもあった。 一通り口にして食べ終わり会計をしてもらおうとレジのところへ行った。 すると支配人だと言う男がやってきて、「お代はいりません。またのお越しを」と言ったので驚いた。 いくら払うと言ってもいりませんと聞かないので私は諦めてその店を出た。
その注文を取らない料理店に行ってから二週間ほどが過ぎた頃。 仕事から自宅に帰りしばらくすると、その店から電話がかかってきた。 なぜ最近来ないのかと言う。 外食はそんなにする方ではないし、なにしろあの店にもう一度行こうなんて気はさらさらなかった。 そのうちなぜうちの電話番号を知っているのだろうという疑問が頭の中を渦巻いた。 あの店でアンケートのようなものを書いた記憶はない。 謎だ。 そして薄らと怖い。 仕方がないのでちょっと僕の好みの料理ではないのですみませんと正直に電話口で答えた。 こういう場合、はっきり言っておかないと催促の電話がひっきりなしにかかってくる怖れがあるからだ。 これでもうその店から電話がかかってくることはないだろうとその時―そう言って電話を切った時―は思った。 そう、その時は。
更に一週間ほど過ぎた頃。 家にいた私は呼び鈴が鳴ったので玄関に向かい覗き穴から外を覗いた。 誰もいなかった。 それは夕方の出来事だった。 恐る恐る玄関を開けてみると、視線を右斜め下に落とした辺りに頼んだ覚えのない出前の料理が置かれているのを確認した。 私はドアを半開きの状態に足で固定させたまましゃがみ込みそれを両手で持ち、次に上半身をゆっくりと慎重に持ち上げながら玄関に滑り込ませ、徐々にドアを固定させていた足を内へ引っ込めた。 ドアが閉まった。 なぜ私はこの頼んだ覚えのない料理を家の中へ持ち込もうとしているのだろう。 そんな疑問が頭を掠めた。 やっぱり玄関の外へ置いておくことにした。 間違えて置いていったなら取りに来るだろう。 と、その時は思った。 同時に前にも似たような気分になったことを思い出した。 しかしそのことは深くは考えなかった。
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