Story of love
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こうして部屋にこもる日が始まった。
カーテンは1日中ひいたまま。
太陽は必要ない。
おなかがすいたら適当に冷蔵庫や戸棚をあさって持ち込んで、
好きなときに食べて飲む。
部屋に入ると、むあっとした臭気に包まれる。
それももうどうでもいい。
時に、自分の体臭を感じて吐き気を覚える。
でも、風呂に入るのはもっとめんどくさい。
そのへんにあったはさみで、髪をじょきじょきと切ってしまった。
脂のせいか、さらさらしていないので、
散らばることもなく、なかなかうまくいった。
自分のものであっても、髪が落ちているのは気持ち悪かったので、
まとめて燃やしてみた。
ものすごく変なにおいがしたので、さすがに閉口して、
途中でやめて台所のゴミ箱につっこんでおいた。
それを見つけた誰かが、ドアの前で大騒ぎをしているようだったが、
う る さ い。
あんたらのすることは、わたしにはまったく関係なし。
星はともだち。
夜になると気分が良くなってくる。
窓を開け、月の光をあびる。
嫌な思い出や不安が、呪文のように浮かび上がってくる。
もっともっと・・・心の闇を広げてその中にすっぽりと入り込む。
そうして夜明けとともに浅い眠りにつく。
見るのは悪夢ばかり。
目が何度もさめてしまう。
清潔?健康?おしゃれ?
そんなものになんの意味がある?
本当に大事にしたかったものを、失ってしまったことに気がついたのは、それが無くなってからだったのかもしれない。
誰かに構ってもらいたくて、でも独りにしておいて欲しくて。
反する両方の思いを抱えたまま、部屋にこもり始めた。
欲しい人からのメールが入らない携帯なんか要らない。壁に叩きつけて壊しておいた。
ほんの少しだけ安心した。
こうして、わたしは孤独を深めていった。
食欲がなくなって、面白いほど体重が減ってきた。
気がついた母親が心配をして、あれやこれやと聞いてきたが、機嫌をうかがうような態度がうっとおしくてシカトし続けた。
「どうしちゃったの?」と、泣いて取りすがってきた母の姿を見ても何も感じなかった。
妹は、はじめは「ざまあみろ」という感じでわたしを見ていた。けれどもだんだんと脅えた様子になっていった。
父親は相変わらず家のことには無関心。もちろんわたしたちのことにも。
(つづく)
窓ガラスに近づいて表面の水滴を指でぬぐった。
冷たい。
そう言えば、ずいぶん長いこと空を見ていなかった。
その間に、空は雲に覆われてしまったらしい。
また、太陽を見ることはできる?
後ろから糸で引っ張られるようにして、さっきのメモをしまった引き出しに意識が向いてしまう。
クリスマスの前のあの日、わたしは面接官のように、並んだ2人の前に座っていた。
不思議なことに、前からの別れの予感が当たったことに、一種の自虐的な満足感を覚えていた。
涙を流す彼女の横で、彼はうつむき、小さな声で「ごめんな」と言った。
彼女の涙が、きらめくダイヤモンドのように見えた。
こうしてわたしは、恋人と親友をいっぺんになくしたのだ。
その後、どこをどうやって歩いて家に帰り着いたのか覚えていない。
家族の誰にも会わないようにして部屋に駆け込むと、編んだマフラーを解きだした。
ぼわぼわな糸に戻った毛糸がじゅうたんに広がる。
きっとその時、わたしのこころも一緒にほどけてしまったのだろう。
そのかわりに得たものは、何にも乱されることのない平穏。
誰にも捉われることのない自由。
どこまでも果てのない白い、白い底なしの空虚。
冷たくかじかんだ手に目を落とす。
何でわたしの手は透けていないのだろう?
なぜ痛むのだろう?
どうして血が通っているのだろう?
まだ実体があることが不思議に思えて仕方ない。
(つづく)
どのくらいそうしていたのだろう。
気がつくと、床から伝わってきた冷たさで、体がすっかり凍えてしまっていた。ベットに右手をかけて立ち上がる。関節がこわばってしまって、ぎしぎしといいそうな感じがする。
外に目をやると、結露におおわれて曇っている。
これじゃ、天気がわからない。
別に今日も出かけないのだから、どうだっていいはずなのに。それでも予報を見てしまうのはなぜなんだろう。
まだ、「何か」に期待しているからなのかな。
見つけたメモ紙は、引き出しの1番奥にしまっておこう。ずっと前に耳にした、外国の言い伝えを思い出す。
「引き出しの底にしまっておけば、どんなものでもいつか妖精が持って行ってくれる」・・・だっけ?
彼からもらったネックレスもそこ。ヘッドのハートは傷ついて、歪んでしまっているけれど。
(つづく)
その紙は薄いローズピンクで、その時のわたしの気持ちが投影されているような色。 罫線を無視して文字が走り書きされている。生き生きと。まるではしゃいでいるかのように。
マフラーがあと少しで編みあがる
そう、その時わたしは、クリスマスのプレゼントにと、編み棒を懸命に動かしてマフラーを編んでいたんだっけ。色は・・・・・モスグリーン。 きっと彼に合う。 指先からあふれる「好き」をそのままに閉じ込め、ふわっと首にかけてあげる日を瞼に浮べて。 紙面を埋め尽くすかのように彼への想いを綴っていた日記も、その間だけはおざなりで、何日もの間、走り書き程度しかしていなかったことを思い出す。 喜ぶ顔を思い浮かべながら、人のために何かをすることに打ち込むことで、あんなに幸せだった日々ははじめてだった。 相手に何かを注ごうとすることで自分が満たされていく。たぶんあれは「愛」と呼ぶにふさわしい感情だったのだろう。 そう、わたしはたしかに彼を愛していたのだ。 そして、たぶん今でも。
(つづく)
ホコリが紙のまわりを取り囲んでいた。
昔からわたしはホコリに不思議なものを感じている。ただのゴミのかたまりなのに、ふわふわとして羽のよう。
天使の羽というのは、もしかしたら人が出したいろんなものが混ざったホコリのような素材で出来ているのかもしれない、とふと思う。
つるつるの床にぴったりとくっついてしまっていてなかなかとれない。爪を使って引き寄せる。空中でひらひらとゴミを払って書かれた文字に目を通した。
その紙は、わたしが日記がわりにしている鍵のかかるシステム手帳の1枚だった。いつだったか途中まで書いて、閉じておくことを忘れてしまったものだと気がついた。
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