読書日記

2001年12月13日(木) 林望「不渡り小切手」(「リンボウ先生遠めがね」文春文庫所収)、二階堂黎人「奇跡島の不思議」(角川文庫)の冒頭を読む。

林望「不渡り小切手」(「リンボウ先生遠めがね」文春文庫所収)、二階堂黎人「奇跡島の不思議」(角川文庫)の冒頭を読む。
林望のエッセイはイギリスでの体験談でイギリスの銀行との付き合い方を、その忍耐力の必要性を一流の語り口で紹介したもの。文庫本で約11ページは短いか長いかわからぬがじっくりと味わいたい気にさせる隙のない文章である。
二階堂黎人は、今注目している作家である。大長編ばかりなのでためらっている時間が長くなっていく。どこかで再挑戦したい魅惑の作家である。
700ページ近い文庫本のうちプロローグ部30ページまで読んでみた。少女コミックのような内容は主な登場人物の紹介だった。全く現実的でない浮世離れした若者たちに悪意に満ちた事件が襲いかかることを予感させる冒頭である。
しかし、この続きを明日読むかどうかは怪しい。



2001年12月12日(水) 白峰良介「逃げる車」を読む。これは「有栖川有栖の本格ミステリ・ライブラリー」(角川文庫)中の一編である。

 白峰良介「逃げる車」を読む。これは「有栖川有栖の本格ミステリ・ライブラリー」(角川文庫)中の一編である。「命の次に大事な車」というセリフが出てくるが、これは「命よりも大事な車」の間違いではないか。「車よりも大事な命」が危機に合ったら、多少車が破損しても気にならない。だから・・・というのはいささかユーモア・ミステリの部類である。「異様なまでに論理的」と言うのはどうか。しかし、追跡シーンから一転しての死体発見シーンへの展開はサスペンスがあって謎解きよりも魅力的だった。
今日も大雪。さすがの鉄道が一時ダイヤなしで走っていたそうだ。夕方は白い霧がたちこめて異国的な雰囲気も漂った。
相変わらず、本が読めない。もう少しの辛抱である。



2001年12月11日(火) 「漢字の本6年生(下村式)」と網野善彦「日本社会の歴史(下)」の途中を眺めた。

「漢字の本6年生(下村式)」(偕成社)の人偏の部を読み始めて「仁」「仲」「供」「俗」「俳」と止まらなくなった。「俳」の解説で「人前で身ぶりおもしろくたわむれるのは、ふつうではない。それなのに、それを仕事にしている人のことで<役者・俳優>の意味になった。」とあった。「ふつうではない」が解説の核になっているのだ。ほんとうだろうか。
網野善彦「日本社会の歴史(下)」の途中を眺めた。「第十章 地域小国家の分立と抗争」十五世紀の日本を抑えていた室町幕府の支配力を失っていき、諸地域に独自の地域勢力が台頭し始めるというところまで読んだ。読みたかった十六、七世紀の歴史の前段を簡単に見た感じである。
昨日からの集中豪雨ならぬ集中豪雪で普段コマーシャルで威張っている鉄道会社の列車も不通になった。こんな極端な降雪は珍しい。風景が一瞬で北国の街に変わった。ゆきすぎの雪である。雪といえば、ポール・ギャリコの「雪のひとひら」だが・・・



2001年12月10日(月) 辺見庸「反逆する風景」を少し齧る。

辺見庸「反逆する風景」を少し齧る。ほんのわずか24ページまで読んだ。「考えられるありとあらゆる意味という意味を無残に裏切る。」「風景は、なぜなら、往々解釈と意味を超える、腸のよじれるほどのおもしろさを秘めているからだ。」
そんな解釈することを無意味と感じさせるような、それまでの経過と全く脈絡のない風景のいくつかを筆者の体験として紹介している。
中国において機密情報者の名を明かせと筆者にしつこく迫っていた役人が突然、二歳になる息子の写真を取り出して筆者に見せるという思いがけない場面。
筆者たち二人しか存在しないような静寂に満ちた夜中だったのが、公安の役人たちがそこここから突然大勢出現して繁華街のような風景になってしまったこと。
また、自転車遅漕競争において十四、五人の競技者たちが全員同時に静止した一瞬の場面。
明解な文章で語る面白話の数々というおもむきがあってついのめり込んでしまった。


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