「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2011年01月17日(月) |
アメリカで暮らそう! |
明日から2か月間アメリカへ行ってきます。
…今回の渡米が次の未来へつながるといいなぁ。 私の未来はどこへ広がっているのかというと、世界です。なぜそうなのかというと、私は自分に自由を与えてあげたいからです。 しかし、私の望む自由は、アメリカ以外の場所で暮らす人々が言う「Freedom」とは少し違うと思っています。 例えば結婚しているとか親であるとか、又はどこかに所属している自分であるとか、そのことを基準に生きていた頃の私にはヒトとしての感性を使って生きる機会はなく、それは親から与えられた親のための人生なのでした。私は、自由を求める気持ちはヒトとして自然なことで、自由は人の思考の中から創造力を引き出すと思います。ですから今、私自身に自由を与えてあげるのです。 そして私は数ヶ月前から、日本以外の国でも日本と同じように多くの人が親からしかれたレールに乗っていると感じるようになりましたから、一般に言われている「Freedom」とは少し違うように感じているのです。
ということで、行ってきま〜す! そういえば、今はSkypeというものがあって、パソコンがあれば(又はI-phoneでも出来るそうです)世界のどこかとどこかで無料で会話が長ーい時間出来るのです。ご用の方は Skype name “mamochan5”を呼んで下さい。
昨日から心友の家へお泊りしてきました。 最初にハプニング。事前に話し合った待ち合わせ場所のイメージがお互いに違っていたということ。しかしその場所はわずかに50メートルくらい先だったので携帯で居場所を確認しあうとお互いに同じ建物が見えていて、それなのに姿が見えない?Why?の不思議な世界。理由が分かって出会ったとき互いの状況を話しながら笑いました。 そのあとは一緒にご飯を食べていつものように心を語り合って、楽しかったなぁ…。 以前英語の歌のタイトルで Ordinary miracle today という言葉を知りその意味は平凡だけれど特別という意味だそうですが、今回のお泊りの時間もいつもと同じことをしていたのだけれど少し特別な時間として感じたのは心を語るという共通項を感じられたからだと思います。
最近の私の生活は平凡だけれど一つ一つが特別です。その理由は、私の生活の中には“私自身への愛”があり、私の毎日は常に明るい未来へ向かっているからです。愛はあふれて自分の外へ湧き出ていくのです。 そういえば以前、元勤務先の女性と「間違えた時どうなる?」を語り合ったことがありますが、私は他者を責めるときには自分の中にそうしてしまう感情があって、例えば子どもや自分よりも若い方に怒りを向けていた当初、私の中には私自身に対する怒りがありその自分を見過ごしたまま現実を生きる私なのでした。でも今は、愛のある生活をしているときには間違える自分もOKにすることが出来ます。私の愛はいろいろな愛を引き出し一緒に成長できるので、こんな自分を大切にしています。やさしさを引き出しあい成長しあっているのを感じられる瞬間、それは至福の時なのです。とはいえ、私の考えは私独自のものでそれが本当かどうか分かりません。しかし私はこの捉え方を好んでいて、私にとってのいい方法だと感じています。
友人の家から戻った後、以前の職場へクリーニングを経てきれいになった白衣を届けに行ってきました。フロアに響いた呼吸器の音が懐かしかった…。 私を見かけた方が声をかけて下さいました。先日食事をした女性も居らして、それ以前よりも近い存在として私の視界に入りました。私は彼女とフロアの廊下でHUGをしました。それはやさしい空間でした。休憩室で用事をしていると、食事のお誘いをして下さる方もいて嬉しく思いました。
約7年間お世話になった携帯電話がいよいよ終わりを迎えつつあり、今話題の Smart fone に買い替えました。本当はI phoneが欲しかったのですが入荷待ちだったので、私はSoftbankのGARAPAGOSという機種を買いました。アンドロイド搭載で重くて大きい分だけ用途多。使いこなせるようになるには通信料というコストがかかるので、今までと同じように電話とショートメールくらいに止めておこうかなぁと思いつつ、携帯を買い換えた別の目的の一つには英語の聞き取りを携帯で出来るようにすることも含まれているのでその分のコストはかかっていいということにしようとしています。
さて、今日は新しい携帯持参で心友の家へお泊りに行ってきます。おNewの携帯カメラで写真を撮る計画…。楽しみ楽しみ。行ってきま〜す。
朝は家の掃除。もともと主婦の時代にも、掃除機をかける時に物をよけなくてもいいようにする方法を探していましたが、今は6畳一間のスペースで荷物も限られているせいか掃除機も10分かからずに終わります。あっという間に終わるので「せっかく掃除機を出したのだからもっと掛けるところが欲しい」と探したくなりました…(笑)。
きれいになった部屋で単語帳を手記をまとめていた頃に使っていた用紙の裏紙を使って作りました。まだ半分出来たところだけど、私のお好みで作ったものは本屋さんで売っている立派なものよりもうんと使いやすい。一般的な言い方だけど、愛着が沸くのです…。自分の持ち物を愛している自分っていい感じ。
夜、先日まで働いていて職場の女の子にお誘いを受けて食事へ。彼女は今20代前半。その彼女の話に耳を傾けつつ、自分の20代を思い出しました。 社会の波に乗って生きれるように頑張って、心はいつも後回しになっていた時代。その後の20年間は、結婚出産をきっかけにした過渡期としてあったのでしょう。そして、私の人生は今一人で生きていることを除いてもおそらく一般の方よりも自由と楽の中にあって、それはこれからも繋がっていて、私の未来は当時と比較にならないくらいに夢と希望でいっぱい。当時から一途に変化を求めてきてよかったと心から思います。
話の中で時々、「私は一般の人と違う考え方を持っています」と付け加えました。私は、私の考え方がもっと世間に広がるといいと思っています。私の考え方は、人がヒトとして楽に健やかにやさしく生きる方法を導きだします。それは、自然な命の終わりを手伝います。ヒトが自然に生きることを手伝うのは、ナース職を持つ私の仕事の一つかなぁ。
そんな私は最近、めまいがすることがあります。2ヶ月くらい前からかなぁ…。 今夜原因を探してみて、体が冷え過ぎるとそうなるのではないかなぁという結論になりました。又は、夜勤生活の疲れが残っているのかもしれないし年齢的なものかもしれないし本当のところは分かりません。しかし、目まいって、立ちくらみとか貧血とかとは違って本当に地球が廻るのですよねぇ。自分は立っているのに景色が廻るなんて首から上と下が別々のものになったような感覚で不思議。もっと自分に耳を澄ませて生活してみようっと。何か発見できるかもしれません…。
今日は、先日行われた「育つ会」のテープ起こしに時間を使いました。出発までに間に合えばいいなぁと思っていますが、間に合わなくても出来た分だけUPしようと思っています。 それにしても、私には自分を見つめる空間が必要だなぁと心から思います。そしてその空間は、まずは自分の中にあり。その自分を大切にしていると外へ広がっていくのだと分かります。私の中にはまだ見ぬ世界への好奇心がいっぱい。そんな私を見ていることも楽しみの一つです。
明日は部屋の掃除をする予定です。私の場合、どういうわけか遠出する前に大掃除をしたくなるのです。旅から戻って来たときに気持ちいいからかなぁ? いずれにしても、きれいになると気持ちがいい。外で遊ぶのも好きだけど掃除をするのも好き。生活全部好奇心。
今日からFree。 今日は早起きして天白の運転免許試験場へ行き、国際免許をGetしてきました。生まれて初めて持ったもの。その大きさは20センチ×10センチくらいあって、国内の免許所に比べると数倍大きい。その大きさと比例するくらいにそれを使うかもしれない現実を喜びました。 実は旅の準備の楽しみNo1は地図作り…。夕方、少し前に作ったステイ先近辺の地図をテープでコーティングしました。ベトナム滞在で学んだ知恵。こうしておけば折りまげても丸めても破れず、雨で濡れても大丈夫な。他のどんな立派な地図よりもお気に入りの一品なのです。それを持って小道を散策する自分を想像してワクワクしてきます。
しかし昨晩眠れなかったので、今はまだ8時だけど眠たいのです。けれどこれからは毎晩ゆっくり眠れる生活。これもまた喜びの一つ。今日もまた小さな喜びが繋がった一日なのでした。
今日で夜勤の仕事が終わりました。約10ヶ月の夜勤生活よく働いてきたと思います。数年のブランクの後ということもあり、医療のことを含めた社会を今後の人生を選択する材料の一つとして学びました。
在職中、私の訴えの一部分は職場側で肯定されましたので少しよい方向へ向かいました。そしてこれからも働く私達はその職場において能力を正しく評価される必要があり、そうして初めて長く楽しく働く環境が出来ると思います。長い目で見た健康管理は私の大切にしていることの一つで、私達が心と身体を大切にして働くことは、救急車の搬入が少なくなる事につながっています。
そういえば、二人のスタッフから手紙をいただきました。私はそのお二人との夜勤のとき、「愛」とか「男女」について語り合ったことを思い出しました。又、以前私の本を買って下さった方は「全部読み終えたら感想をメールするね」と言いました。夜通しの勤務で身体はきつかったけれど楽しんで仕事が出来たせいか、終わりのあいさつのときにも10か月前入職のあいさつをした時と同様に、そこに居る皆さんに肯定されているような気がしました。
最寄りの駅まで歩いて駅に着いた時、私よりも若いナースさんから電話がかかり「こんなときどうしたらいいの?」と尋ねて下さったのでしばらく話をしました。私は最後に「変化を楽しんでね!」と言うと彼女は「やってみます!」と言いました。電話を切った後、私は人々の心に残りやすいアイデンティティを持っているのかもしれないなぁと思いました。
何はともあれ終了〜!
今日は休み。 昨日の昼、口の中にプクッと膨れた部分があるのに気付いて悪性のものかどうか確かめておきたいと思い今日耳鼻科へ行きました。 待合室で待っていると、隣の席で患者さんがナースから診察前の問診を受けていました。普通の声で話していたのでその方が現在何の病気を持っていて何の薬を飲んでいて、今日は何の為に診察に来たのかが全て聞こえてきました。聞かれている患者さんは心療内科に通っているということを言うとき、少し言いにくそうに声を落としました。私はそれを聞いてはいけないような気持ちになりました。 やがて私も問診のために名前を呼ばれました。私は口の中のものが癌かどうか、確かめるために受診しましたがそのことやその他の私のことも大勢の知らない人の前で語ることに抵抗を感じたので 「この場所で話すのは抵抗があるのだけど…」と伝えました。ナースは「部屋の隅に行きましょうか」と返事を下さって、私達は部屋の隅に立って話をしました。 どこまでをプライバシーと言うのかわからないけれど、私がもしその病院で働くのなら問診のための個室を提案するだろうなぁと思いました。
私の口の中のものはレントゲン検査の結果、今のところ大丈夫そうでした。行ってみてわかってみて、安心しました。自分の体の異変を早くにキャッチできるとまもなく安心することが出来ます。
夜勤あけ。今回は一人の患者さんが体調を崩されていることに夜中1時過ぎに気付きました。 一般的な言い方になるけれど嫌な予感がし、しかし私の知識は浅いので大丈夫なのかもしれないとも思い、どちらか分からないので、早く朝が来てそのことが分かるドクターに診察してもらいたいと思っていました。 朝8時、ちょうど私がナースステーションで心肺機能のモニターを見ていたとき、それまで90を打っていた数値がゼロになり緊急を知らせるブザーが鳴りました。院内にER要請をかけたので院内のドクターやナースのヘルプに来て私達は蘇生を試みつつ患者さんはICUへ搬送されました。散らかった救急カートをささっと片付けている時、他の患者さんの表情が視界に入りました。患者さんは食事が進んでおらず、私は声をかけましたが皆さん黙ったままでした。 しばらくの間「他に出来ることはあったのだろうか?」という疑問を持ちました。あったかもしれずなかったかもしれず、分からないけれど、若いころの経験が生きていたことだけは感じました。そして、この事に関わらず他のことをいつものように丁寧に終えられるように意識しました。
私を含めたすべての生きものの心臓はあるとき急に終わりを迎えることもあって、それがいつなのか分かるのはそうなった瞬間のみなのです。だから、私達は毎分毎秒丁寧に、その時の準備をしつつ生きることが大切と、ER蘇生で騒然となった現場の中で再び学びました。
それでも、いつもよりもずっと疲れました。明日と明後日がお休みなので心も体もゆっくり休めます。
夜勤入り。最近お昼寝が上手になってきて、今日は12時半まで寝ていました。残りわずかな勤務時間を、丁寧に働こう。。。行ってきま〜す。
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