「生きていくのに大切なこと」こころの日記
DiaryINDEX|past|will
お休み。「育つ会」のテープ起こしをしました。会の中で、人と人との架け橋ということについて語り合いました。私が生まれて初めて知った人とのつながりはマイナスの母でした。しかし今、私は自分に素直に生きた延長で橋が出来ればいいと思うし、そのように動いている自分を確認しつつ生きています。そういえば、私は最近職場で男性スタッフと夜勤をすることが多いので、男性という存在をニュートラルな目線で見て楽しい会話が続くような言葉探しを楽しむこともあります。気持ちのよい会話ができた時うれしいので、その嬉しさをそのまま語ります。もちろん仕事優先なので小さな楽しみの一つです。 心を基準にした橋が外国につながれば、なおいいと思います。英語のレベルはともかく、つながるように実践実践。ベトナムと日本との間で出来たのだから他の国にも出来るでしょう。
今日は「育つ会」の日。集まって下さった方といくつかのことを語り合いました。何気ない日常の中に、自分を見つめる材料が詰まっていると確認した日でした。
ところで、私は今日、出版のために借りたお金を全額返済しました。返済については、金額がある程度貯まって現実的になるまでは、いつまでに返すとかいつなら返せるとかいう目標はなかったので「あら、もう返せるんだ…」というのが紙幣を数えた時の感想でした。 今日はまだ完済出来たことを喜んでいる状態ですが、これから先何かあるごとによい思い出として呼び起こせる貴重な経験談です。
夜勤明け。今日は二日休んで三日目の午後から仕事だったので頭の軌道が少し遅れました。日勤で患者さんの急変があり大変忙しそうでした。普段でも精一杯の中で働いているので、一つでも違うことがおきると最低限のことが出来なくなって大変なのです。若いナースさんが「今日はこんなに大変で…だからあれもこれも残っているの。ごめんね」と私に言いました。私が「大丈夫ですョ」と答えると「そんなふうに言ってもらえると…」という返事が返ってきました。私も「あなたに、そんなふうに言ってもらえると…」と言いました。私がなんの想像もイメージも沸かせずただそう思えたのは、思考回路がゆったりモードだったからなのです…。なるようになるというのが私の気持ちだったのです。 けれども私は一晩、気になる患者さんのところへ頻回に訪問し出来ることをして、無事に朝を迎えました。なるようになると思っていたので、なるようになったみたいです。
最後の部屋で発熱した患者さんの氷枕を交換し彼の額の汗を拭かせてもらって、ベッドサイドを整えている時「私は看護の仕事をしているんだなぁ」という気持ちになりました。それから更に、私がそのように出来るのはケアさん達の協力も大きく影響していると思いました。というのは先日夜勤体制の変更があってケアさんの人数が増えたことで、それまでナースがしていた仕事をケアさんが受け持って下さり、その分ナースとしての仕事ができるようになったからです。 私がまだベッドを整えているとき男性のケアさんが来たので「今ねぇ…こんなことを思っていたんだョ」と私の発見を伝えました。ケアさんは「本来みんなそうでなきゃいかん」と言いました。実は彼の言葉の意味は分からなかったのだけど私は彼に「ありがとう!」と言いました。彼は黙っていました。 申し送りで責任者と二人になったとき、勤務体制の話になりました。私は朝の会話を彼女に伝えると「それはいいことだね。でも人数が増えてもしんどいという人がまだ居るのよ。みんな夜勤が大変って言うけど私の時はもっと大変だし他のところはもっと大変なんだから、これくらいどうってことないと思ってるョ」と言いました。私はなんか変だなぁと思いましたが、何が変なのか分かりませんでした。しかし優先順位は申し送りをすることなので話は終わりました。今思えば、私達のフロアのことは何かと比較されることとは違うのですから、その違和感が「何か変」の気持ちになっていたのです。 ところで私は3月に就職してから今日まで試用期間中のまま働いてきましたが、来月から正社員になる必要がありました。このことを決定するために責任者と人事の男性と話をしました。男性に「どうですか?」と聞かれたのでまず「楽しく働かせてもらっています」と伝えると、男性は「楽しくとかそんなことを聞きたいんじゃなくて…」と私に言いました。部屋の空気が上から目線一色になっているのが分かりました。「何か質問は?」と尋ねられたので何にも質問したくありませんと言いたかったのですが、今は正社員になるということをしたほうがいいと思い、今日は何も言わないということをしました。ということで、私は9月1日から正社員になるのです。 生きものの世界ではいつも強弱の世界があり、例えば野生の動物の場合は目の前の相手が自分にとってどうかということは彼らの命に直結しています。だから彼らは自分が生きるためにどうするかを本能で知っているのでしょう。 人間の世界にも強弱がありますが、それは野生に生きる彼らのものとは少し違っていると思います。人間は隣に目の前の相手と仲良くしようとすることができるし、そうしたいように生まれていると思います。小さい子どもは隣の人に自然に興味を持ちます。しかし、その気持ちをつぶしていくのは大人だと思います。 私も大人です。けれども私は、自然な好奇心がもっと広がるように自分育てをしています。私はこんな自分のことが好きですし、もっと自分を楽しみたいです。
今日は私の勤務日の中で最も人数が少なく忙しい日でした。私は朝から「今これをしておく?」とか「何分まで記録に集中する?」とか少しずつ声をかけさせてもらいながら動きました。そして、私は知りました。人数が居なくてもスタッフ間のコミュニケーションがとれている時、仕事は比較的スムーズに運ぶようなのです。私の意見に同意して下さった若いナースさんも「今日は仕事がしやすかった」と言いました。私は同じことを喜んでいるように感じて嬉しくなりました。 夜、ミーティングがありました。 8月に入ってから夜勤体勢が少し変わったので、そのことについての意見を求められました。私は「決められたマニュアル通りにしてみたら、こういうことが分かったので今はこういうふうにしています」とありのままを述べました。実は、当初そのマニュアルには無理があると思いました。しかし、してみることでその結果を持った方がいいと思ったのでしてみたのです。してみることで答えを見つけてそのことについて伝えられたことを嬉しく思いました。 一人のケアさんは、ナース間のコミュニケーションはどうなっているの?と私達に問いかけました。又、ナースの一人はいつも仕事に時間がかかってごめんなさいと言いました。 私はそのケアさんが今の体制に不満を持っているのを知っていました。それから、そのナースがいつも真摯に仕事をしている様子を拝見していました。それで、私も準備していたことの中から少し発言したくなり手を挙げました。 「時間がかかるのは、私達が自分の動ける範囲の許容量を超えているからだと思います。夕方から朝まで通して働いて、労働基準法で決められた2時間の休憩も取れません。毎回、あれをしてこれをして…と最低限のことを終えるためにどうするかと。頭も体も限界を超えていると思います。ケアさんが度々足がむくむとか疲れたよぉと言っています、私は、彼女達は体力仕事なので大変だなぁと思うし自分が疲れた時は自分もかわいそうだなぁと思います。(聞いていた皆が笑いました) 私は自分が夜勤の時その日のリーダーです。私は、特別なものは持っていないし能力は小さいですが一応リーダーなので、ケアさんに適当に休んでねとか、寝ていいよとか言いながら動きます。例え15分でも心から開放される時間があったらその後の働きは楽だから、なんとかそういうふうにできないかと思って動いています。つまり、時間があれば誰もみな丁寧に出来ると思います」。 私の発言は、ミーティングの時間内で何かをすぐに解決するような即効性を持ちませんでした。しかし私は、自分の語ったことは私の心に沁み込んだと思いましたし、私の意見に共感した人も少しは居るだろうと思いました。 仕事中は、私は知らないことがたくさんあるということを常に実感させられますし力不足なこと多々です。それでも出来ることを使って動いている自分を嬉しく思った夜でした。
2010年08月25日(水) |
まるいち、そして100歳まで |
今日は夜勤明け。ペアになった30代と50代の二人の男性と食事中、思わぬことを聞きました。それは、彼らはご自身が70歳まで生きられるかどうかわからないと思って生きているということです。 私は、自分は100歳まで生きられると思っているので本当にびっくりしました。「私はもう一回外国で暮らしたいし、大学にも行きたいし、もし私よりも心の温かい人が居たらもう一回結婚生活を体験させてあげるつもりでいるよ」と言うと離婚歴のあるお二人は「よくそんなエネルギーが…」と言いました。「離婚する時ほんとに疲れたでしょう?」と尋ねられて思い返してみると、確かにエネルギーは使いましたし大変でしたが、そんな中でも私の中には離婚してからの自分の目標があったのでした。そしてそのことを後々実現させていました。 そういう意味でも私の離婚は「まるいち」なのです。 ところでみなさんは、離婚は「ばついち」と言われる理由をご存知のことと思いますが、私は今回初めて知りました。その理由は離婚すると戸籍謄本に「ばつ=ペケのマーク」がつくからだそうです。今まであったものがなくなるという意味のようだけど、なぜ「ペケ」なのかなぁ〜。「まる」でもいいように思う…とか一人でブツブツ言っているうちに休憩時間が終わりました。 私が100歳になるころには、今ある法律のいろいろな部分が心にやさしい形に変わっているといいなぁと思います。
今日も日勤。昨晩寝付けなかったので今日は非常に眠たい朝でした…。 昼休みは若いナースさん達と一緒に休憩をしました。若いナースさんは私に気を使っていました。先輩は絶対と学んだそうです。私は能力給で働いていますと言いました。それから若い人から色々なことを学びたいと付け加えました。私の言葉に耳を傾けてもらえたことを嬉しく思いました。 午後からも思いつくことをしているうちに夜勤さんが来る時間になりました。 最近人事異動があったので新しく夜勤を始める人が数人います。今日も新メンバーさんが居ました。私が「楽しんでね!」と言うと、そのスタッフは少し心配そうに「仕事を楽しむなんて…」と答えました。「時間が来たら朝になるョ」と言うと笑っていました。 一般に、仕事を楽しむなんてあり得ないと思われがちですが、私は仕事も楽しめる方がいいと思っています。現実にそれが無理な場合もありますが、同じ時間を過ごすのなら楽しくなるように動きたいです。心が満たされているとき身体の疲れは心地よく感じることさえあります。
2010年08月20日(金) |
変わるために出来ること。 |
日勤。現在私達は色々な不備の中で仕事をしているせいで、スタッフの気持ちはある場所に対する不満で一致していました。私はあまり事情を知りませんが、それでも人々の声に納得できる部分があり自然にそこに参加しているような形になりました。家に帰ってからその様子を思い出してみました。 私に何が出来るのだろうと浮かべているうちに、私が違和感を持った時その場で伝えることがいいと思いました。 そうすることは、私達の仕事が単に作業としてうまくいく方法を考えるよりも重要なことだと思うのです。なぜなら、私達はいつも人の命を預かっているという理由で自分の感じたことを後回しにしていると思うからです。
夜勤明け。 今日はいい形で仕事が出来た日なのです。 まず最初に、私達の職場では夜勤の時に食べる自分たちの食事について、他のスタッフの分(つまり3人分)を準備していくという暗黙の了解事項が続いています。皆は色々なおやつや飲み物を持ってきます。私はたいてい断っていますが、私も時には食べたいものを少し多めに作って持っていきシェアすることがありました。でも今日は、私はそうしないと決めて仕事へ行きました。なぜなら、今日は最近入った若い男の子のケアさんが初めて夜勤をする日だったからです。私の眼に映る彼はいつも少し不安そうに働いています。私がもし今夜、軽い気持ちで社会の流れに乗っていたら、私は彼をその世界に巻き込むことになるので、今日からもう一つ線を引くことにして、元から働いているケアさんからの差し入れをお断りしました。男の子は私達の様子を見ていました。 私と元から居るケアさんは二人でおむつ交換に回り、その時ケアさんからある話題を頂きました。それは就職して3年になるスタッフに関して「あの人はいつも強い香水を付けて仕事にきて、患者さんが嫌な気持ちがしていると皆が言ってる」という内容のこと。私はそのとき、それがいいかどうかは別にして、今まで誰もその人に皆が思っていることを伝えなかったのかなぁ?と3年もの間、本人の知らないところでその話題が続いていることを不思議に思いました。もし私がその人ならそのことを早く知りたがるだろうと思いました。それでケアさんには「もしも私が何かおかしなことをしていたら、私に伝えて下さいねぇ」と伝えました。
その少し後、一人の患者さんの様子が不安定になりドクターからレントゲンを撮るように指示が出ました。私達の病院では夜勤帯の時、ナースはフロアを離れてはいけないことになっているので、私は二人のケアさんにレントゲン室へ行ってもらうように依頼しました。患者さんの様態は間もなく落ち着き、私達は朝を迎えました。 ところが朝、元から居るケアさんが私に「昨日患者さんをレントゲン室へ運ぶ時、様態の悪い患者さんを私達だけで運ぶのは不安だねって、もう一人のメンバーと話をしていました。それで今他のナースに聞きました。するとその人は、その方法はおかしいと言いました。なので今度からこういうふうにして下さい」と、その方法を提示されました。それは私のミスだとわかりましたが、二人のケアさんがそのことを話し合う際に、そのことにかかわった私が加わっていないことに違和感を持ちました。それで「一晩大丈夫でしたか?不安な気持ちにさせてしまってごめんなさい。私はよくわからないまましていることがよくあります。それで、今度同じようなことがあったらその時すぐに私に伝えてもらえますか」。 ケアさんは「大丈夫ですけど、いいんですか?」と私の言ったことを確認するように尋ねました。私は「大丈夫です。私はもっと成長したいから、私に関する気付いたことはすぐに伝えてもらえると助かります」と答えました。 夜中に、このことに関連する話をしていたので、ちょうどよい形で言いたいことを伝えられたことを嬉しく思いました。 最後の出来事はもともと私の判断ミスが原因ですが、ケアさんにそのことを伝えてもらえてよかったです。なぜなら、新しいことを勉強できたからです。私も知らないことがたくさん。もっと勉強して成長したいのです。
帰りの電車の中。私の発想は一般の人とは違うと思いました。 私達は仕事中に起きたことに関して話し合う時、それに関わる人を交えて話をした方がいいです。私達の場合、もしも私達が3人で「あれはどうだったかなぁ?」とそれぞれの意見を出しあえたら私達はそれぞれ、共に仕事をする人の真の気持ちを知りその結果に納得して仕事ができると思います。例えば皆で決めたことが最初うまくいかなったとしてもそれ以前よりはうまくいっているはずで、その次はさらにもう少しうまくいくと思います。 ここで私の伝えたいことは、仕事の内容よりも、そのことによって構築される人間関係についてなのです。私達が心から言葉を交わした後に仕事を終える時、私達は一晩共に働いたメンバーを信頼することが出来ているでしょうし、次の機会を楽しみにすることが出来るでしょう。仕事が楽しくなるでしょう。 又、もしも他のスタッフも又同じ形で信頼関係を築き、それぞれのスタッフ間で浮かんだ知恵を別の時間に別のスタッフに伝えあうことができるのなら、私達の職場はよい形で成長できるでしょう。 ということで、今日は心からの充実感を味わいながら布団にもぐりこみました。 明日は又お休み。何をしようかなぁ。8月ももう半分が過ぎました。1ヵ月はあっという間に過ぎます。
今日は休み。わりと早い時間に目が覚めたので公園へ運動をしに行きました。 公園には人が一人もいませんでした。風を感じたり太陽の暑さを感じたりしながら、体を動かすことを楽しみました。いっぱい運動して、家に帰ってご飯を食べたらすることをして、時間が余ったらいっぱい勉強しようと思いました。 その思いの通り、家に戻った後はすることをして勉強も楽しみました。問題集と向き合って知識を掴みました。休憩時間には料理を作ったり外国の女の子にメールを書いたりしました。楽しいひと時でした。
ところで、数ヶ月前にある変化が起きていたのですが、今日はそのことも書いておこうと思います。それは、以前から時々顔をのぞかせていたマイナスの映像が、よい方向に変わったということです。以前、台所の包丁は私を襲いに来ました。でも今はそれは料理を楽しむ道具の一つになったのです。 この変化は私にとって喜びの一つなのです。心の傷は癒やすと楽になれる。私はこのことを世界中に向けて、証明して歩こうと計画しています。
夜勤明け。呼吸器を付けた患者さんがおとといから「目まいがする」と訴えていらっしゃいました。私は昨晩、その方と自然治癒力の話をしました。 患者さんは夜中よく寝ていました。朝起きた時「よく眠れた」とおっしゃいました。私はそのお顔を拝見して、皆さんが楽になるように手伝うことが私の仕事だと思いました。 ちなみに、その方は感覚が敏感です。何年間か動くことを休んでいる足に落ちた米粒と同じ大きさのごみに気付いて知らせて下さいます。ご自身の感覚を大切にしていることについて、大切なことだと心から思います。 話は変わって日勤のスタッフがやってくる時間帯。一人のケアさんが私に、仕事の一つとして最近始まったばかりのルールについて、知識不足で誰も出来ていないと憤りを訴えました。私は、多くの人は業務で終えるのに精一杯で新しいことをしたいと思う余裕がないだろうと思いました。話をしているうちにケアさんの意見も一致しました。私は職場で色々な事例を見て勉強することができるので、例えば私から何かを提示する時、それが出来る状況にあるかどうかを判断できる大人になれます。 明日は休み。先日の「育つ会」のテープ起こしをする予定です。
|