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いつもどおり、夜中に台所を片付けていたら あやぽんが、不機嫌な顔をして登場。
「眠れなくなった」と、不機嫌な声で言う。 言葉どおりに受取って、軽く返事をしたら ぶ然としたまま退場し、自分の部屋のドアを
ばたん!!!
と閉めた。
そうか。 私のたてた物音のせいで眠れなくなった、と言いたかったのか。 それならそうと言ってくれればいいのに。 御迷惑をおかけしました、と 洗濯機を回している洗面所のドアを
ばたん!!!
と閉めた。
明日は、一週間ぶりに仕事だ。 間があくと、行きたくなくなるものらしい。
かずぴーの成績表を見て激怒。 かずぴーに対してではない。 所見を書いた教師に対して、である。
かずぴーの学校では、各教科の成績とともに それぞれの教科担任の所見がついている。 そのうちのひとつ ある教科の担任が書いた所見が私には許せなかった。
かずぴーの授業態度が悪い(寝ていたらしい)ことに触れ 「君は、まわりには困った人などいない、しあわせな人なのかな?」と書いてあったのだ。 (この文言の前後にも、皮肉としか思えない中傷めいた疑問符がいくつか並べられていた)
授業をきちんと聞きなさい 授業で扱っている問題は、君のまわりの問題にも無関係ではないのだよ そう言いたいのだということは、よくわかる。(少なくとも私には伝わった) そう言われるだけの非が、かずぴーにあることも否定しない。
だが。何故そこで「君は〜しあわせな人なのかな?」なのだ!
私は怒り 先日来の悲しみの源に再び触れてしまって泣き やがて気も鎮まり、他の所見も読み合わせた後 ひとつの結論に達した。
所見は、ほぼ三つのタイプに分類される。 1.教師が、生徒の学習意欲を、いかに伸そうかと考えて書いたもの。 2.教師が、とりあえず、簡単に報告程度に見たままを書いたもの。 3.教師が、自分の感情のまま、言いたいことだけを書いたもの。
件の教師の所見は、3.に該当すると思われる。 教師の所見というよりは、個人のご意見としての役目しか果たしていない。 そんなものに、振り回されるのはまったく馬鹿馬鹿しいことだ。
わが子の辛さは、親がわかっていれば足りること。 自分のふだんの小言が、前出の1.乃至は2.にとどまるよう 「悪い見本」に教えてもらったということでようやく落ち着いた。
昨日、手紙が届いた。 その手紙を読んで、一日中泣いた。
泣いて泣いて、どっぷり涙に浸ってから 手紙を引き出しの奥深くしまい込み 泣きたい気持ちの源を ポジティブなエネルギーの源に転化しようと決めたのに。
一夜明けたら また手紙を引っぱり出して読みたくなった。
泣きたい・・・のか。
過去を思い、後悔ばかりしたって何の役にも立たないし それなら、後悔を胸に刻んで今できることに役立てようと思ったはずだけど ただ、後悔したいだけなのかも、という気もする。
入退院を繰り返している知人を見舞い 励ますつもりが、また励まされた。
あっちもこっちも、滞りっぱなし。 暑さのせいに違いない。
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