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| 2004年03月24日(水) |
ささやかな幸せの日々 |
今日は、午前中に家の点検の人が来た。 屋根の上に登ります、とは聞いていたが 曇りガラスの向こうに、はしごを登る影が見えた時は怖かった。
今回は五年点検で 今までにも一年めと二年めに点検をしてもらっている。 私は毎回 『日頃の手入れがきちんとしていない』とか『だらしがない』とか そんな風に思われるんじゃないかと まるで自分が点検されるような気がして なんだか居心地の悪い思いをしながら点検の終了を待つのだ。
午前中いっぱいをかけた家の点検は無事終わり 今回は無償で済んだものの 十年後と十五年後には大々的な補修をしなけらばならないらしいと知り ずいぶん先のことなのに、出費を思って気が沈む。 どんなものでも、維持することは大変らしい。
あやぽんにその話をすると 「十年後かぁ。ここに住んでいるのかなぁ。」と言う。 十年後、二十八歳になるあやぽんと二十三歳のかずぴー。 ・・・もしかして、私一人?と、急に寂しくなる。
春休みになって 親子ともに勉強から解放されたせいか なんとなく、私とかずぴーを取り巻く空気が軽やか。 勉強が、こんなにも気の重いものだとは 自分が勉強している時にさえ、思わなかった。
明日は、テニス部の練習があるという。 青少年は、スポーツに汗するのがよろしい。 いちいち友達に電話しないと 練習時間もわからないというのは、少し問題だが。
けちけちと見ていた『ありがとう』もいよいよ最終回。 あやぽんが予約録画をしている番組(坂本竜馬のなんとか)が終わったら まるごとバナナを食べながら見よう。
最近、脳の能力の低下を真剣に心配している。 思っていることとは違う言葉が口から出て 『違う!私が言いたいことはそれじゃない』 と思いながら、意志とは関係なく会話が進んだり 言いたいことにぴったりの言葉が見つからなくて 気持ちを表現できなかったり。
そんなことは、よくあることだ と、思う方々がいたら、以下をお読み頂いて御判断頂きたい。
今日の仕事中、間違った商品が届いたというクレームを受けた。 紅鮭の缶詰めを頼んだのに、白桃の缶詰めが届いたらしい。 パソコン上の記録も、お客さまが受け取った伝票上も はっきりと『紅鮭』と記されているので、単純な配達ミスに間違いない。 という、至ってシンプルな内容で 私も、非常にシンプルに理解したのに。
間違って届いたのが『白桃』。 お客さまが欲しいのは『紅鮭』。 ちゃんとわかっている。わかっているのに口をついて出たのは 「申し訳ございません。大至急、白桃をお送りします」だった。 言ったそばから間違いに気付き、言い直すつもりが 「紅鮭が、間違って届いてしまったのですね」と、上塗りする始末。
自分の言うことがわかってもらえない、と思ったお客さまは 「どうして、こんな簡単なことがわからないのだ?」と怒り始めた。 ごもっとも。 わかってはいても、違う言葉を発してしまっては言い訳もできない。
こんなのは、よくあること? 私の脳、どっか悪いんじゃないの?
よくありそうな、ありふれた間違いと思えば思えないこともないのだが なんか、怪しい。 ありふれた間違いと危ない間違いの境界を すでに越えてしまったのではないかと、秘かに怯えている。
| 2004年03月21日(日) |
前言撤回で『ばか!』と叫びたい |
成績表と銘打って日記を書いたら 続編ができてしまった。
中学校の事務室からの電話で バス会社の営業所から学校に連絡があり かずぴーが落としたらしい成績表を バス会社で保管しているとのことなので 取りに行って欲しいと言う。
あんなもん、どういうわけで落としたのだ。 特に封印しているわけではないので もし、誰かが何の気なしに見てしまったら 見た人は「申し訳ない」と思ってしまう成績表だ。 見られたこちらも、見たあちらも互いに気まずい。 しかも 落としたらしいそのバスは、家の近くの路線バスではなく 学校帰りにかずぴーが利用したらしい、自宅から離れた路線のバスで その営業所も、当然ながら遠い。 重ね々世話のやける奴だ。
自分で行って、取って来い! と言いたいのはやまやまだが 遠い上に、非常にわかりにくい所にあるので 休日出勤の私が、仕事を終えてから取りに行くしかない。 なんともやるせない。
それにしても。 三学期も終わったというのに 成績表がないことに、親子共に気がついていなかった。 私は「見たくない」と思っていて かずぴーは「見せたくない」と思っていたのだろう。
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