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2003年12月03日(水) 知られざる『世の中の常識』

某社団法人の集まりに行く。
定例会の他の、臨時の集まりだ。

代々の『お歴々対策』とも言うべき話し合いであった。
なにしろ、私が生まれる前からの歴史のあるところなので
数多くの方が、ボランティア精神と自己中を発揮して
いろいろなことをおっしゃってくる。
他の人と相談しなければ、私一人で対応できるものではない。
私が相手にしなければならない方々は
私の『亡くなった』父よりも年上の方だったりもするのだ・・・。

今日の話し合いで、私の風避け的存在の方を選んで頂いたので
少し肩の荷が軽くなった気がする。
気のせいじゃないといいけど。

家に戻ると、ポストの中に
もの凄い達筆で書かれたお手紙を発見。
同じく某社団法人繋がりの方(らしい。会ったことはない。)からだ。
う〜ん。。。こんなおつき合いもあるのかと、肩の荷増量。

あまりの達筆ぶりで、ひらがなとおぼしき字も読めず
判読は推測の域を出ない部分もあったが
それによると、どうやらお礼状らしい。
お礼を言って頂くような出来事が確かにあった。(私個人にではなく)
しかし、それ以上のことを、相手の方に私どもの方がして頂いている。
「こちらこそ」なのだ。
お礼状にお礼を書くのか?へんじゃないか?
でも、知らん顔もできない。
何しろ、こちらはお花を差し上げたのに対し
あちらは、多額の寄附を下さったのだから。

このような
どこで線を引いたらいいのかわからない「お礼」の往ったり来たり
いわゆる社交辞令の加減や適切な対応は
経験と年令と常識を備えていないと判断できない。
・・・どうしたらいいのだ。



2003年12月02日(火) チケット予約物語

あやぽんに頼まれて、チケット予約の電話をかける。
入手困難なチケットで
受け付け開始時間には、電話が殺到することが予想された。

そんな電話をするのはイヤだった。
人と争って何かをする状況というのは、私にとって物凄く負担だし
真面目な小心者(最近のキーワード)は
そんなものにも、真剣に取り組み過ぎ
「取れるかどうか、自信がない」と言い訳しておいても
『もし取れなかったらどうしよう』とか
『どんな方法が、より効果的なんだろうか』とか
本人以上に、あれこれ考えてしまうのだ。
でも
授業をさぼってでも、自分で電話しろとは言えないし。

紆余曲折、並々ならぬ努力の賜物、子を思う親心
などなどが働いて、幸運にもどうにかチケットの予約ができた。
繋がらない電話が、ふいに繋がった途端に慌ててしまい
変なことを言ったり、言いたいことが上手く伝えられなかったりと
私の予想以上に、もの凄いプレッシャーを感じていたらしい私に
「ごくろうさま」と言ってやりたい。

早速、あやぽんに「取れたよ」のメールを送る。
休み時間か、遅くてもお昼休みには
「ありがとう」のお返事メールが来るものと期待したが
そんなメールは来なかった。
帰ってから「ありがとう」と言えば済むことだと思っているのだろう
とは思ったが、なんだかガッカリした。

結局「感謝されたかった」んだ。

帰宅したあやぽんに、ことの顛末を事細かく話し
「私は真面目な小心者で
 頼まれたらもの凄く一生懸命にやっちゃうんだから。。
 ・・・もう、頼まないでよ。」
と言うと
「そうだね、今日のことでそう思ったよ」と言われた。



2003年12月01日(月) 反省中

「支払いは、マスタードカードでお願いします」
と言ったお客さまがいた。
「『マスター』だろう」と言えれば、大して可笑しいことでもないが
そのまま真面目に会話を続け
頭の中では『違う!マスタードじゃない』と言い続ける状態が
たまらなく可笑しかった。少し、声が震えた。ばれたか?

昨夜、私の教えが水泡に帰したことを知らされ
『何を聞いていたのだ!!!』と、かずぴーに激怒する。
一日経って、申し訳ないと思い
仕事中に手紙を書いて、帰宅してからかずぴーの机の上に置いた。
それについての、彼からのコメントはない。
謝るぐらいなら、最初からするなよ。
謝れば済むと思うのか。
言われる方の身になって考えろよ。
と、数々の言葉で自分を責め
うっかりすると、また元気になりそうな「怒りエネルギー」を静める。
他人事のあやぽんでさえ
「あの怒り方は尋常じゃないよ。怖いよ。」と言っていた。
それほど凄いらしい。

よくよく考えれば、怒ることなどないのだ。
怒るのは、自分の勝手な感情の産物で
言いたいことは、ふつうに話せばいい。
と、反省中の私は思っている。。



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