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2026年05月25日(月) 睡眠

5月最後の週となりました。昨日は少し早目に寝たので、しっかり寝たはずなのですが、やはり起きる時はもう少し寝ていたいと思うものです。何時間寝ても結局、起きる時はもう少し寝ていたいと思うものだと思います。53年生きていて少しも眠くない朝なんてたぶん1度もなかったと思います。なので少し眠たいのが当たり前と思ってパシッと起きるようにしています。50歳で手術をした後からなのですが、私はどんなに眠くて寝ても3時間程で必ず目を覚ましてしまいます。毎日6時間は寝るようにしているのですが、最低でも2回は夜中に起きてしまいます。歳を取ると長く眠れなくなると聞いていましたが、おそらくそれなのかな?と思って特に気にしないようにしています。


2026年05月24日(日) 日曜日

朝ごはんを食べて家を出て大森道場へ行き、個人レッスンを2回行ったあと次男と「マンダロリアン・アンド・グローグー」を川崎のチネチッタに観に行きました。帰宅してお風呂に入ってから、次男と六郷のOKに魚を焼くアルミを買いに行きました。次男とはいろいろな話しが出来るから、買物に行く道中はとても楽しいです。私は頑張ってお酒をやめています。体重が101キロになりました。もう少しで100を切れそうです。


2026年05月23日(土) どようはあしのひ

土曜日の夜によく足をつります。何故かと言うとそれは土曜日は足のトレーニングの日だからです。攣る場所は大腿二頭筋、いわゆる太腿の裏です。私は若い頃は激しいトレーニングをしていましたが、太腿の裏の筋肉が攣った事などほとんどありません。それが50歳を過ぎてからたびたび太腿の裏を攣るようになりました。これは歳を取ると裏の筋肉から弱くなると言う事だと思います。それは裏の筋肉は意識的に使う事が少ないからです。でも私は空手の稽古もしていますしウエイトトレーニングもしているので、普通の人の何十倍も裏の筋肉を使っているはずです。その私でもやはり老化は裏から来ているようです。なので裏の筋肉のトレーニングをしっからとやるようにしています。私が足を攣って「うぉーっ!」となっていると家族はみんな笑っています。「土曜は足の日だから攣るんだよ!土用の丑の日みたいだろ!?」と言うと誰も笑わなくなってしまいました。


2026年05月22日(金) 強いぞ!のポーズ

ここ3年ぐらい右の肩が悪くて出来なかった、強いぞ!のポーズが出来るようになりました。強いぞ!のポーズって何だよ?と言う方のために書くと、両腕を横に上げて腕を曲げて上腕二頭筋に力こぶを作るポーズです。ボディビルではダブルバイセップスと言います。右肩の状態が良くなり3年ぶりぐらいに、そのポーズが出来るようになった原因はたぶん肩の三頭筋の中部と三頭筋の後部が強くなったおかげだと思います。50歳を過ぎても諦めずに鍛えていれば自分の身体の悪い所が改善される事を証明しました。痛いから動かさないも正解の時もありますが、場合によっては痛くても痛くない動かし方を探して、痛くない角度や手の向きなどを探してトレーニングすると良くなる場合もあります。痛い所を動かさないでいると筋肉が落ちてしまい、その部分はもっと弱くなってしまい、結果痛めやすくなってしまいます。毎週日曜日に妻にウエイトトレーニングを指導しているのですが、妻も自分の身体に変化を感じているようです。


2026年05月21日(木) 長男がバイトを始める

長男はバイトの面接に受かり、バイトを始めるようです。自分の本当にやりたい事をやる時間がなくならないようにしてバイトして欲しいと思います。遊びたいためにお金が欲しい、お金が欲しいからバイトして、そして遊んでしまう事になり、本当にやりたい事が疎かになってしまえば、こんなに意味がなく無駄な事はありません。そうならないようにして欲しいなと思います。ですが働いてお金を稼ぐと言う事はとても大切な事です。それをせずには現代社会の中で生きて行く事は出来ません。今までは、学校や塾や習い事でも言ってみればお客さんで相手に気を使ってもらっていた側だったと思います。これからは気を使う側になり、上司に叱られたり、注意されたり、小言を言われたり、お客さんに怒られたり、無理難題を言われたり、理不尽な事を言われたり、と言う事も経験して行くと思います。その出来事に同対処して自分を成長させて行くか?を楽しみにしています。


2026年05月20日(水) 知行合一

自分が礼儀正しく、正しい事をして一生懸命に生きていれば何も恐れる物はない。戦う時は自分の今までの人生と自分の命と自分の研鑽して来た技を存分に振るって戦えばいいだけです。勝ち負けは問題ではありません。自分が正しいと思うなら戦えばよいのです。そのためにも毎日を礼儀正しく、正しい行いをして一生懸命に自分の心身と技を研鑽しておかなければいけません。使うべき時に使えないのならば、それは使えないのと一緒です。しかし、どのような時がその力を使うべき時なのか?をしっかりと日々考えて行く必要があると思います。例えば、人を助ける力が無いから助けられないのは仕方のない事だと思います。でも人を助ける力を持っているのに助けないと言う事は、助けられない事より悪いのではないかと思います。知らないから出来ない、出来ないからやれない、と言うのと、知っているのにやらないと言うのは全然違うと思います。使わなくては行けない時のために普段から、私が冒頭で書いたような生活をして行かなくては行けないのだと思います。


2026年05月19日(火) インプットと刺激

本日は極真会館代官山道場で行われた技術講習会に参加して来ました。柔軟体操、基本稽古、型と分解組手を行いました。私の隣千葉中央支部の支部長の竹石修先輩だったので、先輩の動きをチラッと見たり、先輩の気合を聞いたり、先輩との青春時代を思い出しながら稽古をしました。私はもともとは竹石先輩の指導を受けていました。その頃からそうでしたが先輩の基本稽古は本当に技が綺麗でカッコイイです。松井館長も稽古前と稽古後に来られて、松井館長の話を聞く事が出来たので、とても勉強になりました。指導者はやはりインプットをしたり、刺激を受けたりしないと、指導が面白くなくなってしまうと思うので、これからも頑張って参加して行こうと思います。


2026年05月18日(月) 要らない情報が多すぎる

私は極力、ニュース番組やネットニュースを見ないようにしています。またエックスやInstagramやFacebookも発信はしても人の投稿はなるべく見ないようにしています。何故ならば自分にとって要らない情報が多すぎるからです。情報1つで自分の心が動かされていてはいけないと思いますし、本当かどうかも分からない情報で、誰かを好きになるならまだしも誰かを嫌いになるなんてまっぴらゴメンです。それに本当に重要な情報はほっといても何処かから入って来る物です。InstagramやFacebookは親しい人達が元気にしている姿を見るために少しは見て楽しませてもらっています。


2026年05月17日(日) 今日と言うかけがえのない1度しかない大切な1日

5月も半ばを過ぎました。毎日をかけがえのない1度しかない大切な1日と思い過ごすようにしています。今日も朝8時にパシッと起きて身支度をし朝ごはんを食べて、道場に行きました。長男と次男は野球部の練習に行っていました。道場へ行き柔軟体操をし今日の個人レッスンで教える型を稽古しました。そのあと個人レッスンを1時間指導しました。そのあとジムに移動しら火曜日に用がありトレーニング出来ないので、その分をトレーニングしました。道場に戻りプロテインを飲み、外で昼食を摂り、また道場に戻り、妻にウエイトトレーニングを個人レッスンしました。次男がスクイーズが欲しいと言うのでイトーヨーカドーに行きました。スクイーズを買ってもらい喜ぶ中1男子って面白いなと思います。でもスクイーズが欲しくなる気持ちが私も少し分かります。そのあと雑色のOKで買物をして帰りました。と言う感じで休みの日もフル稼働で楽しんでいました。かけがえのない1度しかない大切な1日を家族との楽しい夕食を食べて締めくくりました。今日という1日に感謝、感謝です。


2026年05月16日(土) 忘れたくない思い出を書く

昨日と本日に嬉しい事がありました。いつか歳をとった時に自分の記憶からこぼれ落ちて欲しくない事を書いておくのも日記だと思うので、ここにそれを書いて残しておきたいと思います。先ずは昨日の出来事です。私が道場の掃除をしていると「すみません」と見覚えのある男性が道場に入って来ました。その方は15年ぐらい前に空手を辞めてしまった子のご父兄様でした。もう使わなくなったミットを是非、道場で使って下さいと持って来て下さいました。そのミットはその子が空手をやっていた当時にお父さんとその子が目標を達成するために家で自主トレをし熱い思いで使っていたのだと思います。その思いの詰まった物を本当にありがとうございます。その時のお父さんとその子の熱い思いを今、道場にいる子達が引き継いで、そのミットで一生懸命に稽古してくれると思っています。お父さんともいろいろ互いの近況をお話させて頂きました。その子ももう28歳になったそうです。いつか道場を訪ねて来てくれたらと思います。私も懐かしさや嬉しさで感極待って涙が出そうになりましたが我慢して道場前のエレベーターが閉まるまで見送らせて頂きました。またどこかでお会い出来たらと思っています。そして本日の出来事は私の1番の親友がテレビ電話をして来てくれました。その親友がテレビ電話を気軽に出来て良い時代になったと言っていました。私も本当にそう思います。私が東京に来た33年前にもしテレビ電話があったら、私はテレビ電話で電話して悩みを友達に話していたと思います。私が27歳で人生で1番苦しい事があった時に私はその親友に電話をしました。その日は忙しかったのか、なかなかその親友は電話に出る事が出来ず、私は3回か4回、その親友に電話しました。そして親友から電話が来て「何度も電話してくるなんて、どうしたの?今から東京に行くから話そう。」と言ってくれて、本当に新幹線で東京に来てくれました。とても嬉しかったです。本当に私の親友は凄い人です。そして今、その思い出は私の中でとても温かい思い出になっています。でももし今のようにテレビ電話があり、簡単に顔を合わせて話す事が出来ていたら、この思い出はなかったかもしれないと思います。だからあの時代にテレビ電話がなかった事を今は少し幸いに思っています。その親友と少しですがテレビ電話で話が出来てとても嬉しかったです。


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