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2026年05月05日(火) 2026年国際親善大会初日

5月5日は子どもの日ですが、本日は2026年国際親善大会初日でした。型の審判から始まり、組手の審判となかなか大変でした。なおかつ本日の最後の試合の主審でした。もうヘトヘトですが、選手達の頑張りを見て、私も刺激を受け大森で電車を降りてトレーニングをしてから帰りました。本当にみんな良く頑張りました。ご父兄様も本当にお疲れ様でした。スタッフをしてくれた廣田さん、本当にありがとうございました。


2026年05月04日(月) 休みなんかねー!

今日は、朝起きて朝ごはんをしっかり食べて、大森道場へ行き、神棚の榊の水を替え、礼をし、生徒達が国際親善大会で自分の力を発揮出来るように祈願して、柔軟体操をし、ジムへ移動しトレーニングをしてから、2026国際親善大会の審判講習会と全世界支部長会議のため東京体育館に行きました。世間はゴールデンウィーク真っ只中ですが、私は国際親善大会がある事もあり、ゴールデンウィークの実感がないぐらい自分のトレーニングに仕事に追われています。「俺に休みなんかねー!」と言う「ヒーローに休みなんかねー!」みたいな嬉しい悲鳴をあげています。とカッコイイことを言いましたが、自分が好きな事をやっているので、毎日が休みといえば休みです。明日からバシバシに審判に入っているので選手のためにもよいジャッジをしたいと思います


2026年05月03日(日) 親友からの紹介

私の親友に紹介を受けて、ある方と一緒に飲みました。その方はもともと東京の大森生まれで大森育ちなのですが、10年ほど福島に転勤になり、その時に私の親友と知り合ったそうです。その後、いろいろな所で仕事をされているそうですが、ゴールデンウィークで東京に帰って来られたとの事で、一緒に飲む事となりました。その話を事前に家族に話したら、長男と次男から「女の人じゃねーだろーなー!」と言われました。私も「そんなわけねーだろー!バカヤロー!」と返しました。と言うわけで、はじめましてから始まり、お互いの年齢や仕事の話や共通の友達である私の親友の話などでお互いの距離を測り、少しずつお互いの趣味の話などに入って行って、この話題で話が広がると感じたもので話を進めて、だんだんとお互いの距離を縮めて行きました。とても礼儀が正しく相手に気遣いができる方で、とても気持ち良く一緒に飲む事が出来ました。2014年まで東京の大森にいたという事なので、とても近いところにお互いがいたという事になります。面白いもので福島の友達を介して出会う事となりました。この日は私も大森道場で個人レッスンをしていたのですが、その方が大森に住んでいるとは知らなかったので、蒲田で待ち合わせにしてしまいました。でも「あー大森で飲めば良かったですねー!」と1つ笑いが出来たので良かったのかもしれません。因みにお互いの共通の趣味はトレーニングでした。トレーニングの話でかなり盛り上がりました。その方も気を使って、いろいろ話題を広げてくれたので、とても楽しい時間を過ごせました。その方に大森で福島出身の方がやっている中華料理屋を教えて頂いたので、今度行ってみたいと思います。出会いって本当に面白いなと思います。


2026年05月02日(土) あの時のあの感じって何だったのだろう?

「〜になりたい!」そう思った時に自分の中で何かが生まれた、あの時のあの感じっていったい何だったのだろうと、あれから39年経った今もそれを考えます。その感覚はそれまでにも無く、それからも無いからです。自分の中で何かが爆発したような、自分の中にある火山が噴火したような湧き上がる熱い感情はいったい何だったのだろう?あの時に起きた爆発で自分の中に湧き上がった熱い感情は、今までの私を動かして来ました。そしてその熱い感情は今もなお私の中で消えずに私を突き動かします。たぶん私はそれを情熱と言う物なのではないか?と思っています。その時に見たものは極真空手の第4回全世界空手道選手権大会でした。松井章圭館長、アンディ・フグ選手、増田章選手、マイケル・トンプソン選手、黒澤浩樹選手、ニコラス・ダ・コスタ選手、アデミール・コスタ選手、七戸康博選手、緑健児選手、ピーター・スミット選手、ミッシェル・ヴェーデル選手、ジェームス北村選手、ジェラルド・ゴルドー選手、アデリーノ・シルバ選手、橋爪秀彦選手、三明広幸選手、ジェフリー・セベクル選手、桑島保浩選手、たくさんの試合が頭にハッキリと残っています。あんなふうになりたい、世界大会に出たい、あんな観客がたくさんいる会場で戦ってみたい、強くなりたい!極真空手をやりたい!そう思ったのです。その夢は半分は叶い、半分は叶いませんでした。夢を半分叶えた私だから言える言葉があります。夢を半分叶えられなかった私だから言える言葉があります。この情熱は私だけの物ではあるのですが、その情熱で道場生達に指導して行きたいと思います。


2026年05月01日(金) 起承転結を作る

5月がはじまりました。考え方によっては毎日が違う日とも言えますし、また同じように考え方によっては毎日が同じ日と感じてしまう事もあるのだと思います。生まれてから死ぬまで同じ1年、同じ1ヶ月、同じ1週間、同じ1日なのかもしれませんが、そこに区切りをつける事で違う1年、違う1ヶ月、違う1週間、違う1日を過ごす事が出来ると思います。そうする事で毎日に変化や緩急が生まれて、毎日を楽しんで一生懸命に生きる事が出来るのだと思います。だから私は1日を1週間を1ヶ月を3ヶ月を1年をと区切る事で、自分の人生に緩急や起承転結を作って行くようにしています。


2026年04月30日(木) バタバタしているうちに

バタバタしているうちに今日で4月が終わりです。1年の3分の1が終わった事になります。ここからゴールデンウィークが終わるともうあっという間に1年の半分が過ぎてしまいます。1年が終わった時にしっかりと自分の中に何かが積み上がっていて欲しいと思います。今日もトレーニングに稽古に指導に明け暮れていました。考えてみれば完全に1日がお休みというのは1年のなかでほとんどありませんが、かと言って毎日を四苦八苦として働いている感じもありません。好きな事をしているから、働いている感じがしていないのだと思います。


2026年04月29日(水) 過渡期

本日の稽古を持って、私の運営する極真会館東京城南京浜支部の2026年春季通い強化合宿の全日程が終了しました。昨年ぐらいから通い強化合宿の参加者が減っていましたが、一昨年と昨年に入門した生徒達が通い強化合宿に参加し始めて来た事で、また参加者が増えて、今回は参加者が15名となりました。一番多い頃は30名を超えるぐらいでしたので、それでも半分にも満たないですが、一昨年と昨年と今年に入門した人達が帯が上がってくれば、また自然と参加者が増えて来ると思います。今回はベテランの参加者と初心者の参加者がよい具合の割合でいたので、いろんな事が引き継がれていて、とても良かったと思います。六年周期ぐらいで世代交代していくので、今はその過渡期にあると思います。来年ぐらいから、また新たな世代の人達がたくさん育って来て、道場のイベントにも活気が出てくるだろうと思います。


2026年04月28日(火) 次男は野球部に

次男が野球部に入部しました。ポジションはサードをやりたいと言っていました。野球部が終わった後に空手の稽古にもちゃんと来るので、なかなか体力はあるんだなと思いました。長男は野球部に入ってからは、疲れて空手の稽古は出来ないと言っていました。次男はよく食べてよく体を動かしているので、強い身体と心が身に付いて行くと思います。野球部のない日は1日だけ茶道部に兼部したいと言っていました。どうやら彼女に一緒に茶道部に入ろうと誘われたようです。青春してんなーと思います。何でも好きな事を思いっきりやって自分の人生を楽しくして行って欲しいと思います。


2026年04月27日(月) 前橋妙子初段を偲んで

本日は極真会館東京城南京浜支部に所属した前橋妙子初段の10回目の命日でした。大森道場で1人で自主トレしている時に前橋初段の事を思っていました。前橋さんはあの場所でよくミットを蹴っていたなとか、私と組手をしている時に必死に食らいついてくる表情とか、黒帯を渡した時の顔や最後に話した時の顔を棺で眠っている前橋さんに私が帯を締めてあげた時の顔とか、いろんな事を思っていました。あれからもう十年が経つなんて本当に本当に時が過ぎるのは早いです。無常を感じずにはいられません。前橋さんも生きていたら、きっと今でも頑張って稽古していただろうと思います。だから今日は前橋さんの分も思いを込めて稽古をしました。前橋さんと最後にこんな約束をしました。「前橋さんが情熱を込めて稽古をした極真会館東京城南京浜支部と言う道場を必ず私達がいなくなった100年後の未来に残してみせる。極真会館がある限り、東京城南京浜支部がある限り、前橋の情熱は誰かに引き継がれていきます。だから私達が情熱を込めて頑張って稽古した事はずっとずっと残って行きます。」前橋さんは笑っていました。その事を思い出し改めて必ず実現させると心に誓いました。


2026年04月26日(日) 大山倍達総裁の命日

本日は大山倍達総裁の命日でした。大山倍達総裁が極真会館を創設しなければ、私は夢を持てずに人生が終わったかもしれません。本当に感謝しています。だから極真会館に貢献するためにも私の運営する東京城南京浜支部を次の世代にしっかりと引き継ぎをしたいと思います。


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