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2026年04月15日(水) 妻の力

長男の琥白が湘南ミュージックハイスクールに入学しました。入学式での先生方の話はとても情熱を感じ感動しました。この学校に入学する人達は自分のやりたい事をやるために入学したのだと思います。この高校は皆が通う普通の高校ではないので、ある意味で言えば、良い大学に進学したり良い会社に入社すると言うレールからは外れた人達だと言っても良いのかもしれません。なかにはよい高校に入学する事が可能だった人もいたかもしれません。だから自分のやりたい事をやるという事はリスクも伴うとても怖い事です。彼らは若さという最大の武器である「自分のやりたい事をやる、夢を追いかける」と言う力を持っていたから、リスクの高い自分の道を選択できたのだと思います。若い人が持つ最大の武器を手にして入学式に臨む子供達の姿がピカピカに光って見えました。でも私だって普通の感覚を持った親です。一生懸命に勉強して少しでも学力を上げで少しでも学力の高い高校に入学して欲しいと思わないわけではありません。しかし琥白のギタリストになるという夢を側でずっと支え続けて来た妻の姿や琥白を思う妻の姿を私は見てきましたし、琥白の進路を妻と話しあった時に妻の話を聞いていて、私が口を挟む必要はないと感じました。琥白と妻が話し合って出した答えに私が口を挟む余地がないほど2人の考えは正しいと思いました。琥白の最大の理解者は妻だと思います。悔しい気持ちもあるけれど2人の絆のなかには私も入り込む余地はないように感じています。ここまで琥白を陰に日向に見守り支えて来た妻には本当に本当に感謝しています。この決断の結末がどうなろうと私は妻と琥白の選択は間違っていないと思っています。琥白には1流のギタリストになって妻に孝行して欲しいと思います。


2026年04月14日(火) 感謝の気持を

この時期は環境の変化と共に自分の生きて行く道を選択する時期なので空手を辞めてしまう人も多い時期です。そして逆に新しい事を始める時期でもあるので空手を始める人も多い時期です。空手を辞めてしまう人に対しても、空手を始める人に対しても「空手を始めようと思いってくれたこと、そして私の道場を選んでくれたこと、私と出会ってくれたことに心から感謝をしています。本当にありがとうございます。」と思っています。本当は毎回の稽古のなかで、その気持を伝えなくてはならないのだと思います。私が至らなくて、もう辞めてしまった人のなかには、私のその気持を伝える事が出来ずに辞めてしまった人もいると思います。本当に申し訳なく思っています。なのでこの場を借りて感謝の気持を伝えさせて頂きます。このブログを見てくれる事を祈りたいと思います。「私の道場に入門してくれて本当にありがとうございました。私と出会ってくれて本当にありがとうございました。またどこかでお会いできる日を楽しみにしています。」極真空手を始めた事でたくさんの素晴らしい出会いがありました。もっともっとその出会いを大切にすれば良かったと反省しています。これからは感謝の気持をちゃんと自分の口で伝えて行きたいと思います。


2026年04月13日(月) 長男の入学式

長男の琥白が入学する湘南ミュージックハイスクールの入学式に参列して来ました。先生方の話を聞いていて、とても情熱が伝わって来て感動する入学式でした。音楽の学校なだけに入学式でかかる演奏の全てが生演奏でした。入学式のあとに新入生歓迎演奏会があり、それもとても感動しました。自分が本当にやりたい事を習える学校って素晴らしいなと思いました。自分のやりたい事が習える学校があったと言う事は本当に幸運だと思います。「琥白、おもいっきり青春を楽しんでくれ!自分が本当にやりたい事をやって、なりたい自分になってくれ!人生をおもいっきり楽しんでくれ!今日はありがとう!琥白の成長を見ていつも楽しんでいるよ!琥白の成長を見ていつも幸せをいっぱいもらっているよ!」


2026年04月12日(日) この世の暴力の頂点を経験したいと思い

初めて極真会と書いてある道着に手を通した時はとても嬉しかった。あの松井章圭選手や黒澤浩樹選手や増田章選手やアンディ・フグ選手やマイケル・トンプソン選手やピーター・スミット選手と同じ道着を着てるんだと思うとそれだけで強くなった気持になれました。極真空手は私の中では地上最強の空手、地上最強の格闘技だと思っていました。1番厳しい稽古をしているのが極真空手だと思っていました。この世の暴力の頂点を経験したいと思い極真空手の道場の門を叩きました。今でもその思いは変わっていません。誰よりも強くなりたいと思っています。


2026年04月11日(土) 極真空手大好き選手権大会

私は約3年前に受けた手術で危険な状況になりました。悔いが残らないように手術の前日まで稽古やトレーニングをしました。そして手術が終わり目を覚まし自分が生きていたと言う事が理解出来た時に「また頑張って生きよう」と思いました。そこから数日間は生きているだけで精一杯な状態でした。1番苦しい時は極真空手の試合の動画を見て「自分も頑張ろう!」と思いました。松井館長や数見先輩や黒澤先生の試合の動画を見ました。そして少しずつ元気になった時に思った事は稽古やトレーニングをしたいでした。自分は極真空手が大好きなんだなー!と思いました。そんな事は極真空手を始める前から分かっていた事ですが、自分が死を身近に感じた時も自分の身体が動かない時もずっと稽古やトレーニングの事を考えていた時に、改めて自分がどれだけ極真空手が好きかを再確認しました。そんなに好きな事を自分の生業に出来たのだから、自分の選択も自分の歩んで来た人生も間違っていなかったんだと思いました。極真空手大好き選手権大会があったら私は、きっと優勝出来るんじゃないかと思っています。


2026年04月10日(金) 私の空手の先生

私がこの空手の世界で先生だと思っている方はたくさんいるのですが、私に大きな影響を与えてくれた私が先生と呼べる方々を書きたいと思います。魏桜流拳法時代の菊地信弘先生、極真会館福島県北支部時代の三瓶啓二師範、梶川裕史先輩、滝嶋邦彦先輩、堀江崇先輩、城西支部阿佐ヶ谷道場時代の黒澤浩樹先生、根本清志先輩、島端明先輩、極真会館城南川崎支部時代の廣重毅師範、川原奈穂樹先輩、数見肇先輩、佐伯健徳先輩、岩崎達也先輩、高久昌義先輩、竹石修先輩、阪田徹先輩、木浪利紀先輩です。この方達以外にも出稽古などでお世話になり大きな影響を受けた師範や先生もいらっしゃいますが、道場に所属して教えを頂き大きな影響を受けた方々を先生とさせて頂きました。


2026年04月09日(木) あの感覚は何なのだろう

私は左上段回し蹴りが得意で現役時代は結構一本勝ちや技有りを取りました。そのなかで相手が倒れて失神させた完全な一本勝ちは6回でした。18歳から34歳まで16年で約130試合して完全な一本勝ちは6回なので、そんなに凄く多くはありませんが、左上段回し蹴りは稽古の組手や試合でも狙って当てる事が出来ました。あの感覚はいったい何だったのだろうと思います。当たる瞬間に相手も自分も少しスローになる不思議な感じでした。偶然ではなく蹴る前に当たる事がハッキリと予測出来ている感覚でした。その当たる事が予測出来ている感覚で蹴ると相手に上段回し蹴りが当たる瞬間から相手が倒れる瞬間までがスローになりました。たぶん狙って一本勝ち出来る人には分かると思います。


2026年04月08日(水) 妻の誕生日

今日は妻の誕生日でした。5日に前倒しで誕生日会はしたのですが、今日は誕生日ケーキでお祝いをしました。長男と次男に私からの2つのお願いをしました。「何十年経って、琥白と真白が仕事をしたり結婚して、皆がバラバラに生活するようになったとしても、弥生ちゃんの誕生日の時だけは、家族みんなで集まって誕生日会をやろう。もしパパが死んだとしても琥白と真白で弥生ちゃんの誕生日会をやってあげてくれ。」と言う私の遺言として2人に言っておきました。妻は本当に大変です。家事や子育てもそうですが、私も長男も次男も妻と話がしたいので、皆で妻に話をするので妻は1人で皆の話を聞かなくてはいけません。だから妻の誕生日会を家族の1番大切な日として、皆が集まる日にして行きたいと思っています。


2026年04月07日(火) 次男の中学校入学式

次男の真白の中学校の入学式でした。3年後には真白も義務教育が終わり、琥白は高校を卒業し、その3年後には真白が高校を卒業して、琥白はもう成人しています。その時には私は59歳になっています。そこから2年経てば真白も成人して、私も子育て卒業です。その時は私は61歳です。それまでは絶対2死ぬ事は出来ないなと思っていますいます。そんな事をふと考えながら真白の姿を見ていました。真白はニコニコして良い顔で入学式に入場して来ました。この光景を一生忘れないように目に焼き付けようと思いました。名前を呼ばれた時も明るい大きな声で返事が出来ていました。桜もギリギリ残ってくれていて良かったです。「真白、中学校入学おめでとう!入学式での真白のにこやかな顔を見て本当に幸せな気持になったよ。ありがとう!」


2026年04月06日(月) 私にとって、この世で1番大切な日

妻の誕生日会をお台場のフライデーズで行いました。妻の誕生日会だけはフライデーズで必ず行うようにしています。フライデーズは妻と初めて食事をしたお店と言う事もあるのですが、その時に誕生日を祝われている人を見て、当時は友達だった妻が「あんなふうに誕生日を祝ってもらえたら幸せだろうね!」と言っていたので、妻の誕生日会はフライデーズで行うようにしています。妻の誕生日会だけは何十年経っても、皆がどこにいても、必ず皆で集まってフライデーズで美味しい物を食べて、皆で弥生ちゃんの誕生日を祝おうと思っています。もし私が先にこの世からいなくなったら、子供達にそれを託したいと思います。


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