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2026年03月04日(水) 黒澤浩樹先生との思い出

城西支部阿佐ヶ谷道場で黒澤浩樹先生のご指導を頂いていた時に、黒澤浩樹先生が個人的に行った強化合宿に同行させて頂いた事がありました。場所はよく覚えていないのですが、伊勢原とか相模原とかだったと思います。時期は8月の末ぐらいだったと思います。メンバーは黒澤浩樹先生、島端明先輩、水島良治先輩と私でした。ビジネスホテルに泊まって3泊4日で行ったと思います。玉木哲郎先生の指導でウエイトトレーニングのスクワットのフォームの見直しと、蹴りのフォームの見直しをすると言う趣旨で行われたトレーニング合宿でした。私は先生のウエイトトレーニングや蹴りのフォームを撮影する役で合宿に同行させて頂きました。あまり細かい事は思い出せないのですが、ホテルの近くの広場でダッシュやダックウォークをした事、玉木哲郎先生の自宅で撮影したビデオを見た事、島端明先輩と組手をした事、ホテルで黒澤浩樹先生といろんな話をした事、最後の日の夜に黒澤浩樹先生と玉木哲郎先生と島端明先輩と水島良治先輩と私でステーキ屋に行った事、などを覚えています。黒澤浩樹先生から聞いた話で覚えているのは、先生が玉木哲郎先生と映画のチャンプを見た時の話や日露戦争の話などを聞いた事です。はじめはファンだった黒澤浩樹先生に認められて先生の合宿に同行させて頂いた事はとても良い思い出です。


2026年03月03日(火) 別れと出会い

寒くなったり暖かくなったりする、この季節の変わり目は、体調を崩しやすく、お亡くなりになる方も多いようです。統計で見ても1月と2月にお亡くなりになる方が1番多く、その次が12月と3月だそうです。寒暖差があるために体調を崩す人やお亡くなりになる方が多いそうてす。そして生きている人とも3月と4月は別れや出会いが多い時期です。何かを決断したり、諦めたり、入学したり、入社したり、転勤したり、卒業式したり、退社したり、人が移動する時期です。自分の身体も心も留まる事なく常に変化しています。その変化は発達や発展だけではなく、老化や衰退もあります。人間は前進する事もあれば後退する事もあります。じっと1つの所に留まっている事は出来ません。自分も変化していくように、他人も変化していきます。だから人は出会ったり別れたりすれ違ったりして行くのでしょう。私もすでに別れがありました。毎年、誰かが亡くなって行きます。私も53歳ですから、別れの方が多いと言う年齢になったと言う事なのだと思います。何故、お葬式をするのか?それはやはり、その人やその人と別れる悲しみと決別をするためなのだと思います。その人を偲んで、自分を納得させて、悲しみで自分が駄目にならないように、生きている人達が前に進んで行けるようにする儀式なのだと思います。お葬式は、亡くなった人のためだけではなく、生きて行く人達のためにもあるものなのだと思います。どんなに自分に酷い事をした人が亡くなったとしても、亡くなって時間が過ぎると悪い事は忘れて行き、良い思い出が残って行きます。そうすると「もっとあの人が生きている時に優しくしてあげればよかった。」と後悔や悔いばかりが増えて行っていしまいます。亡くなった人は自分に害をなすことは金輪際ないので、増えるものは良い思い出ばかりとなります。たまに化けて出て嫌な事でもしてくれれば良いのにと思います。亡くなった人が良い人だったら、なおさらだと思います。その人の最後にその人を偲んで良い思い出や悪い思い出を思い出し、その人を知る人達と、その人の思い出を話し、思い出や悲しみを共有して、互いを慰めあって、皆で踏ん切りをつけて前に進んで行く事が大切なのだと思います。私の仕事は別れもある代わりに出会いもたくさんあるので、別れの寂しさよりも出会いの楽しさの方が多いです。今年もたくさんの素晴らしい出会いがあると期待しています。


2026年03月02日(月) 高校合格

高校受験をした譲から「高校合格しました!これからも稽古よろしくお願いいたします!押忍」とLINEが来ました。2010年4月〜2011年3月のこの学年はたくさんの生徒が入門した学年でした。おそらく、延べ40名はいたと思います。現在稽古に来ているのは、譲、琥白、蕗生、斗夢、光、瞬の6名と休会している2名となってしまいました。でも高校生まで6名も残った学年は私が道場を開設して初めてのことです。すごい事だとは思うのですが、本当に大変なのは、ここからです。高校入学して途中まで頑張った生徒は5〜6名いましたが、高校卒業まで頑張った生徒は1人しかいません。その1人も高校卒業と同時に辞めてしまいました。と言うことで当支部から子供から空手を始めて全日本大会で活躍した生徒は23年で1人もいません。高校生になると行動範囲も交友関係も広がり使えるお金も多くなります。この3年をどう生きるか?で自分の人生は大きく変化をすると思います。ですが高校生になると周りも遊ぶようになりますし、今までより同じタイプの人間で固まり始めますし、自分の心地よい場所をより求めるようになるので、崩れる時は坂道を転がり落ちて行くように崩れて行きます。ここらからは本当にいろんな人が支えてあげなくてはいけなくなります。先ずは本人の意志ですが、ご両親の支え、道場の仲間達の支えが本当に本当に大切です。もちろん私も彼らが真っ直ぐに道を進んで行けるように支えてあげたいと思います。受験生は全員高校に合格したそうなので、とりあえずは「おめでとう!」3月22日(日)が彼らの中学生最後の試合となります。誰が1番強いか決着を付けよう!皆で真の卒業式をやろう!そして皆で次のステージに進んで行こう!試合に出れない人も是非、試合を見に来て欲しいと思います。


2026年03月01日(日) コーヒーでも飲んで行くか?

短い時間でしたが両親に会いに行きました。別れる時に父が名残惜しそうに「コーヒーでも飲んで行くか?」と言ってくれました。私が会いに来ると言って、いつもより早くに起きていたそうです。私も帰る時に「お父さん、またね!」と言いました。父も私もお互いに歳を取ったんだなと思います。私も父も互いに気難しく頑固で短気なので、ぶつかる事もありましたが、今はだいぶ距離が近くなったと思います。たぶん私の人生で今が1番、父とよい関係だと思います。少し遅かったと反省していますが、ここまで辿り着けてよかったと思っています。私が膝の手術をして入院したあと、学校に車で送って送ってもらっていた事を思い出しました。本当に親不孝な長男で申し訳なく思っています。私の今があるのは両親のおかげだと思っています。父の事も母の事も尊敬していますし感謝しています。


2026年02月28日(土) 私を超える生徒

もうそろそろ私を超える生徒が育ちそうです。道場を出して23年になりますが、もう少しで私を超えそうな所まで来た所で、みんな空手を辞めてしまいました。才能のある人はたくさんいましたが、続ける努力を出来る人がいませんでした。1つの事を続けるのは、なかなか難しいのだと痛感します。その私を超えそうな生徒達だって、3年後はどうなっているか?は私にも分かりません。でもあと少しと言う生徒が一気に何名か育ちました。私の年齢から考えて、もしかしたら、私を超える生徒を育てるのは、これが最後のチャンスかもな?と思っています。それは今の私という事ではなく、全盛期の私を超える生徒と言う意味です。全盛期の私を超えれば全日本大会で入賞出来ます。頑張って欲しいと思います。


2026年02月27日(金) やるなら今しかねぇ!

高校受験のため休んでいた蕗生が稽古に来たり、極真空手を好きな方が入門したりと、ここのところ嬉しい事が続いています。休会から復帰する人も、道場から足が遠のいている人も、入門を考えている人も、迷っていないで一歩足を踏み出して欲しいと思います。思った時が吉日です。迷わず一歩踏み出して欲しいと思います。その一歩が自分を前に進めてくれる力となって行きます。長渕剛の西新宿の親父の唄の「やるなら今しかねーえー!」です。やりたいと思ったと言うことは、自分の中で何かが生まれた瞬間です。その素晴らしい力を無駄にしないで欲しいと思います。一歩踏み出して道場に来る事で、その力にさらにガソリンが注がれるはずです。


2026年02月26日(木) 始める勇気と続ける努力

2月21日の先週の土曜日に59歳の方が入門しました。空手を始めた、きっかけはお孫さんが空手の黒帯を取得したからという事でした。ご自身も極真空手が大好きで何度も武道館や東京体育館に足を運んで観戦した事があるとの事でした。私が始めて会場で観戦した1991年開催の第5回全世界空手道選手権大会も会場で観戦したそうで、その話で盛り上がりました。同じ会場で観戦していた極真ファンの仲間とここで出会えた事は本当に嬉しい事です。あの時の感動を共有しているわけですから、話も盛り上がるはずです。59歳から何かを始めるという事は簡単な事ではありません。習う先生も自分より歳下だったり、自分より若い人達の中に交じって身体を動かす事だってなかなか大変な事です。ご自分の仕事だってあるのですから、本当なら休んでいたい時間に稽古に来るので大変だと思います。素晴らしいと思います。私はまだ53歳ですが、これからも新しい事に挑戦しようと思っています。私は何かを始める事に遅いという事はないと思っています。それをやりたいと思った、その瞬間が自分がそれを始める適齢期だったのだと思います。何かを始めて損する事はありませんし、失う物もありません。始める勇気と続ける努力で自分が思い描く理想の自分に着実に近づく事が出来ます。


2026年02月25日(水) 一念発起してから、はや8年

私は45歳の誕生日にエニタイムフィットネスに入会してウエイトトレーニングを本格再開したので、トレーニング再開から8年が経ちました。過ぎてしまえば早いものですが、その8年のなかには、肩を痛めたり、肘を痛めたり、コロナがあったり、膝の手術があったり、アキレス腱断裂の手術があったり、股関節の手術があったり、いろんな事がたくさんありました。ジムに行きたくなければ、行かない理由も行けない理由もたくさんありましたが、そんな自分に負けないでジムにかよいました。出来ない事がたくさんある時期もありましたが、ストレッチをしたり、自転車を漕いだり、その時々で出来る事を一生懸命に頑張って来ました。45歳の時に鏡に映る自分を見て「こんな自分は自分が10代の時に思い描いた理想の自分じゃない!こんな自分は嫌だ!」と思い一念発起してはや8年、少しは理想の自分に近づいて行っていると思います。これからあと7年、カッコイイ還暦のオジサン目指して、さらに頑張ろうと思います。


2026年02月24日(火) 求道無限

私の好きな言葉に「求道無限」と言う言葉があります。私の師匠が私にくれた本に書いてくれた言葉でした。その言葉の意味は「真理や悟り、あるいは自身の極めるべき道を求め続ける姿勢に終わりはなく、永遠に向上し続ける」と言う事なのですが、私はもっと簡単に、何かを求めて進んで行く人には無限に道が開かれて行く、と言うふうに思い、そしてそう感じて生きて来ました。自分がそこをゴールと思ってしまったら、その瞬間に道は閉ざされてしまいます。自分の成長もそこで終わってしまいます。だからゴールと思ってはいけないし、それが答えだとは思っていけないのだと思います。たとえそれが1つのゴールだったとしても、その先の道を歩んで行かなくてはいけないと思いますし、たとえそれが答えだとしても、また別の答もあると問い続けて行かなければいけないのだと思います。私はその言葉を今でも信じて稽古に励んでいます。誰よりも遠くまで行きたいと思っています。


2026年02月23日(月) 昨日の自分を超えろ

私の運営する道場の強化稽古でした。私が現役時代に走っていたコースをはしります。池上本門寺の1番長いダッシュのコースを中学生には3本走ってもらいました。斗夢が1本目2分20秒、2本目3分7秒、3本目3分4秒、陽生が1本目2分30秒、2本目3分11秒、3本目3分18秒、光が1本目3分9秒、2本目3分15秒、3本目3分30秒でした。私は29歳から34歳までこのコースを1人で走っていました。それ以前は仲間と走っていたのでタイムは取っていませんでした。仲間が私を引っ張ってくれたのでタイムを取る必要はありませんでした。でも1人で走るようになり、自分で自分を引っ張っらなくてはいけないので、タイムを計って走るようになりました。34歳の時に出した1番よいタイムは2分30秒でした。でも斗夢や陽生に負けないのは2本目と3本目です。2本目は2分40秒で3本目は2分50秒でした。5本走っても全て3分以内に走る事が出来ました。おそらく20代の時はもっともっと速かったと思います。そしてもう1つ彼らと違うところは私はその時の体重が85キロだった事です。85キロの体重でそれを走る事ができました。それでも私はチャンピオンになれなかったのだから、当時の極真のレベルが高かったのだと思います。確かに他の格闘技で活躍した選手や地方大会でチャンピオンになった選手が城南支部に出稽古に来ても稽古のメニューに誰も付いてくる事は出来ませんでした。この日も20代位の格闘技をやっているだろう人が3人で来ていましたが、1番短い坂のダッシュを5本走ってシャドーをして帰って行ってしまいました。稽古というものは量を経て質と言うコツを分かって行きます。若いうちは量をやらなくてはいけません。中学生は長ダッシュを3本、短ダッシュ3本、階段ダッシュ3本、やったので、なかなか体力はあると思います。小学生にも長ダッシュを1本走ってもらいました。芽生3分38秒、紡生4分6秒、紗綾佳4分18秒でした。昨日の自分をどんどん超えて行って欲しいと思います。


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