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私の運営する国際空手道連盟極真会館東京城南京浜支部の第26回型競技支部内交流試合と第16回I.K.Oセミコンタクトルール組手競技支部内交流試合が終わりました。今回は特に出場者が少なかったのですが、そんな事に自分の心が右往左往させられることなく自分の素晴らしいと思う活動をやり続けたいと思っています。もちろんたくさんの人が参加してくれれば底辺が広がるので、そのぶん自然と頂点も高くなると思います。でも型競技では真生と頼の型に大きな希望を持ちましたし、セミコン組手競技では真生と陸翔の組手に私の理想に近づいた組手を見せてくれました。私の宝は頑張っている生徒達です。その生徒達を地道に鍛えて行きたいと思います。
今日は大森道場まで自転車で行く道中に次男の移動教室での話を聞きました。次男の話を聞いていると本当にハッピーな気分になります。次男ははじめは移動教室に行くのが嫌だったそうです。でも行ってら凄く楽しかったそうです。次男は歩くのも走るのも嫌いなので、移動教室でのハイキングは嫌だったけど、前に付き合っていた女の子と別れてしまった理由を話したり、仲良く話していたら、あっと言う間にハイキングが終わってしまい、とても楽しかったそうです。そりゃ楽しいわな!と思いながら話を聞きました。小5の次男の口から「昔の彼女と一緒に歩く事になってさ、あの時はあんな理由で俺達は別れたよねって話をしたんだよ!」とセリフを聞いた時は本当に面白くて笑ってしまいました。次男はそうやって私をハッピーにしてくれます。もう神様にありがとう!って思います。
私は生徒達とスパーリングを行っています。まだ私が絶対に勝てないと思った生徒は残念ながら22年間で1人もいません。あと少しで超えられてしまうなと感じた生徒は2~3名いました。でも結局その生徒達も途中で空手を辞めたり、稽古を継続出来なかったりでした。自分を超える弟子がいつ現れるのか?私は心待ちにしています。そんな日を夢見て生徒達とスパーリングをしています。たぶん私がもう勝てないと言う生徒が現れたら、私はもう生徒達とはスパーリングはしないと思います。私は股関節が悪くなる前に出来ていた技が今はもう出来ないので、私の組手は大きく変わりました。私の出せる技に制限が多くなったからこそ生まれた発想がたくさんあります。そして今の自分の組手も大好きです。相手の呼吸と間合いを呼んで、相手の感情や思いや思考を読み感じながら、自分がそれに対応したり機先を制したりします。相手の良い所を引き出しながら自分の良い所を出して行き、最終的には相手を封じて行けるよう組手を組み立てています。55歳の時に自分がどんな組手をしているのか?とても楽しみです。そして私を超える生徒を待っています。
東京プリンスホテルで開かれた「松井章奎館長就任30周年を祝う会」に参列しました。松井章奎館長も30年間、本当に大変だったと思います。松井章奎館長じゃなければ、この国際空手道連盟極真会館と言う組織は今まで続く事がなかったかもしれません。松井章奎館長には心から感謝しています。私も組織の支部長としてもそうですが、松井章奎館長が後の世にしっかりとした技術を残そうとして作った技術委員会にも入っているので、その仕事をして行きたいと思っています。午前中は長男の学校の音楽祭に行って来ました。道場生の光や斗夢もいたり、長男からよく話を聞くお友達の姿なんかも見ることが出来てとても楽しかったです。
ここ1年のトレーニングで大きく変わったと言う所があります。それは肩です。若い頃はプレス系は強かったので、ショルダープレスは90キロは出来たのですが、サイドレイズなどをあまりやらなかったので肩の三角筋の中部はあまり発達しませんでした。たぶんあまり重い物が持ち上がらない細かい種目が嫌いだったのだと思います。この1年は頑張ってあまり好きではない種目をしっかりトレーニングしようと言う事で、肩の日はサイドレイズを1番最初にやって力を入れていました。そしたら三角筋の中部が凄く発達して来ました。重さも回数もグーンと伸びて来ました。来年ぐらいにはメロン肩になっていると思います。
次男はランドセルのベロを錠前で閉めないでランドセルの冠をプラプラさせながら歩いています。いつもそうなので今日一緒に家を出て途中まで一緒に歩いている時に、それは何故なのか?を聞いてみました。答えは「閉めないほうが楽じゃん。どうせまた開けるんだから。」でした。実を言うと私もランドセルの冠を閉めない子供でした。しかもランドセルはペチャンコに潰れ、傷だらけでした。次男はランドセルは綺麗なので私よりはマシです。でもランドセルの冠を閉めないという事がどうやら遺伝してしまったようです。私がランドセルの冠を閉めなかった理由は面倒だからでした。ランドセルを持たずに学校に行く事も多々ありました。先生に怒られて往復2時間の道をランドセルを取りに帰らされた事も何度もあります。道草を食って給食前ぐらいに学校について、また先生に怒られるなんて事もありました。私がまともな人間になれたのは極真空手のおかげです。そのおかげで忘れ物をしたり遅刻をした子を叱る先生になれました。自分がそれでたくさん損をしたからこそ分かることもあります。私は次男にランドセルの冠を閉めたほうが良いよとは言いませんでした。私が言ってもたぶん聞かないと思います。本当に大切な事は意外に他人から気付かされるものです。いつか次男もたくさんの人と出会い、いろんな事に気付かされて大人になって行くと思います。
残念ながら巨人はDeNAに負けてしまいました。でも最終戦の最後の9回まで同点でもつれ合う素晴らしい戦いでした。長男と次男がプロ野球と巨人が好きになったおかげで私も巨人が好きになりました。本当に楽しく野球観戦をさせて頂きました。巨人軍の選手の皆さん、本当にお疲れ様でした。本当にありがとうございました。来シーズンも巨人ファンで応援させて頂きます。日本シリーズはDeNAを応援したいと思います。
やっと妻が帰って来ました。夕食の準備から何もかも次男が手伝ってくれました。長男は自分な好きな事をやっていました。私は朝早く起きて洗濯をして、それを干して、軽く食器の洗い物をして、朝食を摂り、家を出ました。次男は、私に言われていた通り長男を起こし、レンジでチンしてごはんをよそって朝食を食べさせてくれたそうです。昼食も長男とマクドナルドに行き一緒に食べたそうです。次男はなかなかしっかりしています。今日は巨人が勝ちました。遂に明日が最終決戦です。ここまで来たら、巨人にもDeNAにも頑張って欲しいと思ます。
西田敏行さんがお亡くなりになりになりました。私は西田敏行さんが大好きでした。西遊記での猪八戒に始まり、池中玄太80キロ、サンキュー先生、学校、釣りバカ日誌、タイガー&ドラゴン、アウトレイジ、歌で言えば、もしもピアノが弾けたなら、福島出身で話し方にも親しみがあり、本当に本当に大好きな俳優さんでした。でも悲しい事があったから立ち止まっている訳には行きません。毎日を一生懸命に生きるだけです。夜は巨人がクライマックスシリーズで今日負けたら終わりという最大のピンチでしたが勝つ事が出来ました。こんな気持が落ちた日でも巨人が勝った事で救われるのですから、やはり好きな事を増やして行く事が大事なのだと思います。西田敏行さん、ありがとうございました。巨人軍の皆さん、ありがとあございました。
今日から妻がいません。親友の結婚式のため福島へ行っています。寂しい&大変です。家に帰って来ると、妻は自分がいなくても少しの間は大丈夫なように掃除を済ませて行ってくれたのに、家の中は物が散乱しグチャグチャに汚れていました。私は帰宅するなり子供達を怒鳴ってしまいました。汚したのは長男だったので、私が「掃除しろ!」と長男に言うと、長男は「そんな言い方をされたからやらない!」と反抗して来ました。次男は私を落ち着かせようと自分から掃除をしてくれました。次男は本当に良い子です。でも少しゴメンねと思いました。長男に「よーし!そういうことなら、ママが帰ってくるまでスマホを止めてもらうぞ!」と言うと長男も掃除を始めました。妻が1日以内だけでこれです。私一人ならどうという事はないのですが、子供達がいると本当に大変です。妻はこれを毎日やってるんだから本当に凄いです。この家の軸は妻なのだと本当に思います。明日は私も家事をしっかりやりたいと思います。
kanno
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