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良い稽古が出来た日はとても爽快な気持になります。お風呂に入っている時に、ふと1日を振り返り、今日を一生懸命に頑張って生きた!今日という1日を無駄にせず自分のかけがえのない人生の中でかけがえのない1日を積み重ねる事が出来た!そう思えた時はとても気持ちが良く、そして寝付きも良くなります。今日はそんな1日を過ごす事が出来ました。今日という1日があったのも生まれて来たからです。生まれて来た事に感謝です。父と母に感謝です。
私は昼寝をする事はあまりないのですが、今日は少し昼寝をしました。朝のフィットネスクラスの指導のあとウエイトトレーニングを行い、プロテインを飲み、1時間後に昼食を摂り、その後に少し昼寝をしました。トレーニング後の昼寝は成長ホルモンが活発に出るので筋肉の発達には凄く良いそうです。私は昼寝をすると必ず悪い夢をみます。たぶん熟睡じゃないから悪い夢を見るのだと思います。そのせいもあり子供の頃から昼寝は嫌いでした。内容は思い出す事が出来ませんが今日も凄く嫌な夢を見ました。
私は股関節の手術後から瞑想を始めました。何故、瞑想をやるようになったのか?と言うと、手術後から、とても心が不安定になりました。死が怖くなり、老いる事や、自分の老後の未来に不安を抱き、いつも心に少し不安を感じているようになりました。夜寝る前にそれは強くなりました。手術後から眠る前にいろんな不安が頭によぎってしまい、あまり眠る事が出来なくなってしまいました。それから瞑想を始めました。瞑想を始めて1年が経ちました。心がとても安定して来たように思います。私のやっている瞑想は自分の呼吸を意識して行う瞑想です。何をどうして心が安定したのか?は言葉では説明出来ません。でも確実に自分の心は安定して来たと思います。瞑想に取り組む事で、言葉では分かっていた事を心で理解出来て来たと言うのが正解に誓いのかもしれません。人生は山登りのようなものだと、私は以前この菅野日記に書いたと思います。人生が山登りならばスタートは生まれた瞬間です。そしてどこが頂点なのかは分かりませんが、私は結婚をして長男が生まれ次男が生まれ今の生活が始まったところが頂点だと思っています。そこから折り返して降って行き、ゴールは死ぬ瞬間と言う事になります。要は生まれる前に戻ると言うことなのだと思います。自分になる前に戻ると言う事なのだと思います。まあそれも悪くはないかな?と言うのが私の今の心境です。やっとここまで来たと言う感じです。まだまだ先がありそうです。死ぬまで瞑想は続けたいと思います。歳を取れば取るほど瞑想をする時間が長くなると思います。人生を楽しみながら降って行きたいと思っています。
学校に登校する次男が家を出たすぐ後に、私がゴミを出しに行くと次男が道路を渡ろうと立ち止まって左右を見ていました。私がそれを見ていると次男は私に気が付き手を振ってくれました。私も手を振り返しました。次男が道路を渡り歩いている姿を見ていて、真白ももう5年生だから、ランドセル姿を見れるのもあと1年少しなんだなと思い、次男のランドセル姿をとても愛おしく思い、その姿をずっと見ていました。次男はたまに私の方を振り返り手を振ってくれました。曲がり角を曲がる時も手を振ってくれました。曲がり角を曲がるまでに7回も振り返って手を振ってくれました。このランドセルを背負って歩く可愛い姿を一生忘れないように目に焼き付けておこうと思いました。次男は本当に可愛い子です。合宿の次の日で少し疲れもあったのですが、次男に力をもらったので頑張ることが出来ました。
2024年秋季通い強化合宿2日目が終了しました。今回は中学生と高学年の子が少なく低学年の子が多かったので、少し心配していましたが、大森ふるさとの浜辺公園へのランニングや砂浜でのダッシュやアスレチックでは中学生の3人が大活躍で小さい子の面倒を見てくれました。稽古や演芸会で子供達のあらたな一面も見ることが出来てとても良い合宿でした。
2024年秋季通い強化合宿初日でした。参加者は12名でした。今日はとても暑く明日は曇りで涼しいので、予定変更して大森ふるさとの浜辺公園へのランニングは明日にしました。皆の集まりが良かったので8:40には稽古を開始しました。先ずはストレッチで身体をほぐし心を高めて、パンチや蹴りやコンビネーションをミットで稽古し、ビックミットで試合を想定した全力の息上げをしました。スパーリングもたくさん行いました。午後は筋トレを行いました。子供達も初めてベンチプレスを見て驚いていました。中学生になったら皆もやろうと声をかけました。無事初日が終了しました。
明日と明後日は初めての秋季通い強化合宿大森ふるさとの浜辺公園へ走りに行くのと平和島よアスレチックを行うのと、厳しい稽古を行うのと、初めて参加する人がいるのと、今回は低学年の子が多いのと、高学年と中学生の参加者が少ないので、いろんな事を考え少し緊張しています。皆が成長出来る良い合宿にしたいと思います。
9月13日は私の父の誕生日です。父は私が1番尊敬している人です。親子ですから父とはいろいろありましたし、父の良い所も悪い所もたくさん知っていますが、自分が50歳を過ぎてみて、やはり父を1番尊敬しています。ある一時期は有名な人やその時に憧れている人や歴史的な人物を尊敬していましたが、私も人生いろいろあって一周回った今は、父を1番尊敬しています。もう1人尊敬しているのは母です。父は母がいたから父でいれたのではないかと思います。少し前に私の叔母で母の姉が他界され、そのお葬式のあと父と母が出会った場所などに行ったそうです。父は本当に仕事が好きな人でした。父は中卒で上京し、川崎や八王子や黒部ダムの工事もしたりと本当に苦労した人でした。父の青春時代の話は映画になるんじゃないかってぐらい波乱万丈です。私も父に負けないような人生を生きたいと思っています。
今年の初めに父の80歳のお祝いで家族がを集まった時に、姉の次男と妹の三男を見てとても驚きました。2人ともとても優しい人に成長していました。私の父がトイレに行くたびに、父が転ばないよう、2人が手を繋いでトイレまで付いて行っていました。姉の次男は27歳で妹の三男は17歳です。自分はその年代の時にそんなに優しかったか?と思いました。姉も妹ももう子育て卒業ですが、みんな立派に成長しています。親の背中を見て子供は育つわけなので、姉も妹も間違った生き方はしていなかったのだと思います。特に妹はなかなか人生苦労して頑張って子供達を育てたので、子供達はお母さんの苦労して頑張って自分たちを育てた姿を見ていたから優しい子になったんだと思います。妹の子供達はみんな働いたらお母さんに美味しい物をご馳走したり、家にお金を入れたりしているそうです。素晴らしい子育てをしたんだろうと思います。私も子供達に望むことは優しい思いやりのある人間になって欲しいと言うことです。
何かを極めようと思ったら「守・破・離」と言う事が大切になります。守と言うのは先人の教えや先生の教えに疑問を持たず、先ずは一心不乱にそれをやり込んむと言うことです。教えられた事をやり込んで行くと自分に合った方法や自分流と言う物が生まれてきます。教えられた事の型を破り自分流を突き詰めると言う事です。それが出来たならば今度はその自分流が皆に取っても正しい方法なのか?を検証しながら人に教えて行き間違いがあれば正したりしながら技術を確立させて行きます。その時には先生から離れて人を導いて行くので離と言う事になります。私も空手を始めて37年となりました。何かを極めると言う事は本当に難しい事です。答えのない答えを探し誰よりも遠くまで進んでいかなければ行けません。私自身もまだ何も極めてはいません。まだ道なかばです。
kanno
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