DiaryINDEX|過去の日記|未来の日記
長男も次男ももう一丁前になって来ました。まだまだ可愛い癖して一丁前に反抗してきたり、一丁前に憎まれ口をたたいて来たりします。そんな口が聞けるぐらいの歳まで元気に成長したのだからと思いながら、長男と次男の言葉を「可愛いな!君たちの声を僕が受け止めてあげるよ。苦しゅうない!」と言う気持ちで聴いています。もちろん頭に血が登る程に腹が立つ日もあります。今、長男が歯を磨き寝室に行く時に「パパおやすみ!」と言って通って行きました。その一言で私は今日一日がとても幸せな一日となります。寝室から妻と長男と次男の笑い声が聴こえて来ます。それだけで私は今日を幸せな一日と思う事が出来ます。個人レッスン5回やって、ゆっくりお風呂に入ってビールを飲みながら家族で食事を出来た今日という日は最高の一日でした。
朝、大森道場へ自転車で行く道中で、私が股関節を人工股関節にする手術をした時に入院していた病院に、入院していた方を見かけました。今も少しびっこを引いて歩いていました。歩いている格好から頑張ってリハビリしているように見えました。入院中その方は私と同じぐらい痛みに耐えているように見えました。お互いにあの時は大変だったと思います。でも今はお互いに退院して元気になったので良かったなと思います。その方はまだリハビリ中のようだったので頑張って欲しいと思います。きっと元気に元に戻ると思います。その方の横を通り過ぎる時にそう祈らせて頂きました。
今日の筋トレクラスで生徒達とベンチプレスをやりました。ベンチプレスは肩を痛めるのでもう半年ぐらいはやっていません。何故かインクライベンチプレスは出来るので、それをやっています。少し前にも生徒達に混ざってベンチプレスをやったのですが、100キロを1回出来ました。今日は100キロを1セット目は4回、2セット目は3回出来ました。火曜日はみんなチンニングが出来ないので、チンニングを10回2セットやって見せました。ウエイトトレーニングをしっかりとやっているので、私の体重は100キロなのですが、自分の体重をベンチプレスで4回、チンニングで10回、スクワットで10回出来るようになりました。51歳にしてはなかなかやる方だと思います。無理をすると怪我をするので、怪我には気を付けてトレーニングして行こうと思います。ウエイトトレーニングも柔軟体操も嘘をつきません。嘘をつきませんと言うより、嘘をつく事が出来ません。努力をしていないと出来ないので、その場で上手くとりつくる事は出来ません。まあ基本稽古や型だって自分で稽古していなければ出来なくなりますし、下手になりますし、酷い場合は型を忘れて間違う事になるので、見る人が見れば分かりますが、それ以上にスタミナや柔軟体操や筋力は努力していない事が顕著に現れてしまいます。空手の先生だって、この人は努力をしていないなと生徒にすぐバレてしまいます。そうならないよう私は努力して行きたいと思っています。私が好きな言葉で座右の銘にしている言葉があります。武者小路実篤の言葉です。「才能で負けるのはまだ言い訳が立つ、しかし誠実さや、勉強、熱心、精神力で負けるのは人間として恥のように思う。」努力しない事が原因で負ける事や、努力しない事が原因で出来ないと言う事は、今自分が頑張って学んでいる事や修行している事に対して、コツコツ努力をする誠実さや、コツコツ努力する勉強(無理にでも努力して励むこと。学んでいる事に精を出すこと。)さや、コツコツ努力する熱心さや、コツコツ努力する精神力が足りないと言う事で、それは人間として、とても恥ずかしい事だ。と言う、とてもとても厳しい言葉です。私には才能が無いと認めた時に、この言葉を胸に頑張ろうと思った言葉です。もちろん私は普通の人よりは才能はあります。でも全日本チャンピオンになる、世界チャンピオンになるという志を持った人間と比べると、才能が足りません。それは仕方の無い事です。でもその夢を諦める事が出来ないから、その言葉を胸に頑張りました。今もこの言葉を胸に頑張っています。
今日は私の師匠である廣重毅師範の命日でした。私は4人の先生の元で修行をしましたが、1番指導を受けたのは廣重師範ですし、自分の人生観や空手観と言う物を与えてくれたのは廣重師範ですし、私の今があるのは廣重師範のおかげだと思っています。廣重師範には本当に本当に感謝しています。師範の厳しい顔も優しい顔も目を瞑ればハッキリと頭に浮かびます。私の中で廣重師範は生きています。師範に教えていただいた事を道場生に伝えて行きます。
私は何故、強くなりたいのか?武道とは何なのか?何を目指しているのか?と言う事を書いて見たいと思います。何故、強くなりたいのか?最初は喧嘩が強くなりたかったからです。純粋に強い人がカッコよく見えたからです。強くなれば自分も自分の大切な人も助ける事が出来る、自分が弱いために人に屈伏したくない、負ける事が1番の屈辱だったからです。強くなれば人に屈伏したり、負ける屈辱を味合わなくてすむと考えたからです。私の中の最大の価値観は強い事でしたので、人間の価値は強さで決まるとさえ思っていました。だから自分も強くなりたいと思いました。今も基本的な考えは変わりませんが、少しは社会人として変化しました。私が今、求めている強さは肉体的な強さ、技術的な強さ、精神的な強さ、人間的な強さです。じゃあそれは何かと言ったら、あらゆる困難や恐怖に打ち克つ強さです。人から受けるストレス、社会から受けるストレス、金銭的なストレス、自分の思い通りにならないストレス、大切な何かを失う恐怖、死に対する恐怖、あらゆるストレスという困難や恐怖に打ち克つ人間になるために自分を鍛えています。自分の身体を酷使して鍛える事で自分の弱さと向かい合い、本当の自分を常に見つめて行く事で、自分の心や精神や魂も研ぎ澄まされて行きます。武道とはあらゆる恐怖や困難に打ち克つ心を身に付けるために、自分の身体を鍛えて、自分の技を磨き、自分の心を正して行くものだと思います。そして自分を高めて行くものだと思います。この世で頂いた身体と命を死ぬ瞬間まで高めて行きたいと思っています。そして死ぬ時までに死の恐怖を克服し、死を受けいれられる人間に成長していたいと思っています。それが私が今、求めている強さです。
7年前の今日、国際親善大会のマスターズクラスで準優勝しました。44歳でした。それがフルコンの最後の試合です。その頃までは身体は絶好調でした。そこから7年、膝の手術、脊柱菅狭窄症、アキレス腱の手術、股関節の人工股関節の手術、突発性難聴と、紆余曲折ありましたが、今は左の上段回し蹴りをバシバシ当てる事が出来るまでになりました。しかも若い頃とは違う新しい感覚で左の上段回し蹴りを正確に相手に当てる事が出来ます。51歳で新しい感覚を身に付ける事が出来るなんて本当に人生は面白いです。継続は力なりです。
長男が私に「けっこう筋肉付いてきたでしょ!」と筋肉自慢をしてくるようになりました。週1ぐらいの感じで、私に筋肉を見せてきます。やっぱり男子は筋肉好きだよな!と思います。男だったら強くなりたい!筋肉を付けたい!カッコイイ身体になりたい!と言う願望は少なからずでも必ずやあると思います。強い人は声を大にしては言わないけれど、強い事や力がある事や筋肉がある事で人生得する事ってけっこういっぱいあります。けっこうどころか、かなりあると私は思います。右に倣えで生きるより人がやらない事や人が出来ない事がもし自分に出来るのならば、そこを頑張ってみるのも1つの手だと思います。私は皆が受験勉強している時に水泳を頑張ったから特待生で高校にも行けましたし、皆が就職して働いている時に空手を頑張ったから今こうして空手でご飯を食べる事が出来ていています。ちょっと強引かもしれませんが、筋肉も鍛えて見れば得する事はたくさんありますと言う話です。筋肉に興味がある人は騙されたと思って頑張って見て下さい。いつかその意味がわかる日が必ず来ます。
「ROOKIES」を全話見終わりました。不良と言うものを肯定してはいけないと思いますし、美化し過ぎてはいけないと思います。人生はやり直す事は出来ませんし、やってしまった事はなくなる事はありません。取り返しがつかないのが人生です。でも取り返しがつかなくても、ケジメを付けたり、罪を償う事は出来ます。そして自分を変える事も出来ます。夢や目標は人を変えてくれます。夢や目標は人生を輝かせてくれます。夢や目標は毎日をドキドキするぐらい楽しくさせてくれます。子供達にそんな事を話しながらこの作品を見ました。そして子供達に夢や目標を与え、礼儀や挨拶や、人として素晴らしい生き方を教えるのが先生と言う仕事だと思っています。素晴らしい先生とは生徒達と一緒に汗を流し一緒に笑い一緒に泣いてあげることも出来る人だと思います。そう考えると川藤先生という先生は限りなく理想に近い先生だと思います。
最近、子供達と野球をよく見ています。この年齢になって、今まで好きじゃなかった物を好きになるなんて思ってもいませんでした。野球がこんなに面白かったなんてって感じです。応援している球団は巨人です。私の父も巨人が好きでした。なんで父が野球を見ていた時に一緒に好きになれなかったのだろうと思います。父には申し訳ないなと思います。子供のためになら好きじゃなかったものでも好きになれるのが親と言うものなのかもしれません。秋広、菅野、岡本、坂本、小林、少しずつ選手も覚えています。今度、実家に帰ったら父と一緒にビールを飲みながら野球観戦したいと思います。
昨日の日記で好きな物を書きましたが、1つ忘れていたものがありました。子供の頃、私は大相撲が好きでした。家族で大相撲を必ず見ていました。好きだった力士は千代の富士、若島津、北天佑、北勝海、双羽黒、朝潮、でした。特に千代の富士対若島津、千代の富士対北天佑などは声を出して応援して見ていました。子供心にこれは自分達とは違う世界で行われているもの、選ばれた者だけができるものとして捉えていたと思います。ボクシングとかも好きでしたが、何故かあれはやろう思えばいつでも出来ると思っていましたし、やればあのぐらいにはなれそうだなと思っていました。たぶんプロボクサーは見た目も周りの大人と変わらないし、もっと言えば周りの大人より小さいし、子供同士の喧嘩で同じような事はしていたので、勝手なやれると思ったんだと思います。プロレスラーや力士とは身体や見た目が違うので人を超えた神々しい存在に見えたんだと思います。ジャイアント馬場さんを目の前で見た時は本当に大きくて神話の中の人に見えました。でもその後、マイク・タイソンを見て自分の価値観がひっくり返る事になります。ちなみに今でも全盛期のマイク・タイソンは最強にもっとも近かったと思っています。
kanno
|