DiaryINDEX過去の日記未来の日記
2024年02月21日(水) 次男の夢

次男が学校で将来の夢は、空手の先生と書いたそうです。空手家は私一代で終わらせるつもりだったので、次男がそう思っていた事に驚きました。空手が本当に好きだったら良いのですが、今の次男を見ているとそうも思えません。私の子供と言うだけで私のあとを継がせるつもりは私にはありません。今の極真空手の選手層レベルなら最低でも全日本に出場して入賞しなければあとは継がせないと思っています。これは最近の黒帯にも言える事ですが、極真空手の黒帯を締めて一般の人に体力や身体能力や腕力で負けるようでは困ります。中には他の格闘技や若い頃スポーツでそれなりだった人も入門して来ます。空手の先生になるなら習いに来た生徒に負けるようでは空手の先生は務まりません。黒帯も同じです。黒帯を締めていて、あとから入門して来た素人に負ける事があるようでは困ります。私生活でも友達や会社の同僚に体力や身体能力や腕力で負けてしまえば、極真空手は大したことが無いと思われてしまいます。自分が極真空手の看板を背負っていると思って日々しっかり稽古し、柔軟体操をしたり基礎体力を付けるトレーニングをしたりして欲しいと思います。組手だけではなく、柔軟性や腕力や体力で負けていたら後輩に厳しい言葉を言えなくなってしまいます。言ったとしても「あなたは私よりも出来ない事ばかりじゃないか?」と思われておしまいです。黒帯を取った時だけ出来てもそれは意味がありません。運転免許にも更新があります。極真空手の黒帯に更新はありませんが、常に自分の出来ない事を出来るようにしていく努力と自分の力を維持する努力だけはして行って欲しいと思います。次男が本気で私の跡を継ぎたいのなら最低ラインは全日本大会入賞です。そうしなければ先生の子供だから後を継いだのだと馬鹿にされ誰も付いて来てはくれないと思います。そしてそんな甘い人間には魅力が無いので、道場もすぐ潰れてしまうと思います。私の考えはこの仕事を子供に継がせたく無いので、ただ見守ってあげたいと思います。


2024年02月20日(火) 凄いと言われる物が1つでもあって良かった。

今日は剛柔流の稽古と技術委員会の仕事のため極真会館代官山道場に行きました。この何年間か渋谷では何処かで大規模な工事が行われているぐらい開発が進んでいます。20代の頃は渋谷は遊びに来る場所でしたが、今は仕事をしに来る場所になりました。ここ最近、トレーニングの記録がグンと伸びて来ています。身体も柔らかくなり開脚もほぼ180度行きます。代官山道場で稽古の前にストレッチをしていたら、コンスタンティン・コバレンコ選手に話しかけられました。あまり言葉は通じなかったのですが、たぶん「人工股関節にする手術をしたんですよね?」的な事を言われ、その後に「超柔らかい!凄い!」と日本語で言われました。50歳を過ぎて全日本チャンピオンに凄いと言われる物が1つでもあって良かったと思います。空手家は昔は強かったと言う事よりも今の自分が何を出来るかが大切だと思います。今の自分の力が今の自分の看板なのだから、昔の古い看板を何時までも大事にあげていても説得力がありません。考えて見れば何時までもあげていられるほどの実績という看板を作る事が出来なかったから、今を頑張れているのだと思います。人より遠回りしても人より遠くまで行きたいと思っています。それが私が高校の卒業文集に書いた言葉です。その言葉を胸に生きて行きたいと思っています。


2024年02月19日(月) 妻が遂に極真空手の聖地に足を踏み入れる

妻が2月17日(土)に友達と三峰神社に行きました。私は前はほぼ毎年三峰神社で行われる総本部冬合宿に参加していましたし、大山総裁の〜年祭などにも参加していますので20回以上は三峰神社に行っていると思います。なので妻は私からも三峰神社のいろんな話は聞いていましたが、三峰神社に行くのは初めてでした。妻も遂に極真空手の聖地を訪れました。妻は大山倍達総裁の記念碑にも参拝して「大山総裁のおかげで私達家族は生活が出来ています。ありがとうございます。」と手を合わせたそうです。それを聞いて私もとても嬉しく思いました。私の仕事を尊敬してくれているから、その言葉が出たのだと思います。本当に僕は良い奥さんをもらったなと思います。それもこれも大山総裁と極真空手のおかげだと思っています。妻も朝のフィットネスクラスで私から空手の指導を受けているのだから、間接的にではありますが大山総裁の弟子です。長男も次男も極真空手をやっているので家族全員が大山総裁の弟子です。三峰神社に行ってテンションが上がって帰って来るなんて最高の妻です。


2024年02月18日(日) 本日は

本日は私が運営する国際空手道連盟極真会館東京城南京浜支部の第23時型競技と第14回I.K.Oセミコンタクトルール組手競技の支部内交流試合を行いました。スタッフとしてお手伝いをしてくれた中村、廣田さん、中山、平澤、浜田さんには心から感謝しております。道場生の成長した姿を見ることが出来た良い試合がたくさんありました。また次回に向けて活動して行きたいと思います。


2024年02月17日(土) 妻不在

今日は妻がいないので、稽古のあと次男と夕食を買いに行き、2人でお風呂に入って、長男が帰って来てから、みんなでご飯を食べました。長男も次男もいろいろ手伝ってくれたので助かりました。次男とお風呂を洗って沸かしたり、夕食を準備している時に次男が「これをママはいつも1人でやってるんだから、なかなか大変だね」と言っていました。本当にその通りだと思います。妻には今日と明日はは思いっきり楽しんで来て欲しいと思います。


2024年02月16日(金) 七人の侍

「七人の侍」を久しぶりに見ました。この作品は白黒なのでカラーでリメイクしたら見たい作品なのですが、たぶんリメイクしても、この作品を超える事は出来ないだろうと思って、リメイクされていないのだと思います。でも確かに、こんな細部にまで拘って作られていて、完成度が高い映画を超える事は今の技術を持ってしても難しいと思います。CGなんかで作ったら逆に安っぽい映像になってしまうような気がします。あとは俳優ですよね。イケメン俳優なんて揃えられたら、もうガッカリです。志村喬と三船敏郎に変わる人はちょっと思い付きません。そして監督は誰がやるか?です。そう考えるとやっぱりリメイクは難しいのかな?と思います。


2024年02月15日(木) 妻の教育方針

妻は長男を育てる時に決めていた事があったそうです。それは1日1回は必ず長男を笑わせるだったそうです。確かに長男は小さい頃から良く笑っていた記憶があります。それは長男が良く笑う子だったのではなく、妻がよく笑わせていた事に気が付きました。長男も次男もよく笑う子に成長しました。何をやっているのかは分かりませんが、長男と次男と2人でケラケラ笑っている声が隣の部屋から聞こえてくる事がよくあります。1日1回は必ず笑わせる。でもこれはなかなか出来る事ではないと思います。私にはとうてい出来る事ではありません。妻は良く笑う人だけど、毎日の日常の中で、病気の日も疲れている日も機嫌の悪い日も悩んでいる日も悲しい事があった日もたくさんあったと思います。そんな日も妻は頑張って子供達を笑わせていたのだろうと思います。そのおかげでそんなに大きな反抗期もなく親に懐いてくれています。私の家族は笑いが多い家族です。あらためてそれは妻のおかげだったんだなと思いました。妻のおかげで、笑いがたくさんあって朗らかで幸せな毎日を過ごせている事に本当に感謝しています。そして尊敬しています。


2024年02月14日(水) 10年前の今日とバレンタインデー

Facebookで10年前の今日の投稿に41歳の私が前蹴上を蹴っている写真が投稿されていました。その写真では私の足が真上に上がり足が胸に付いていました。早い物でそれから10年が経ちました。私も51歳になりました。昨年は股関節を人工股関節にしましたので、もうあの蹴りを蹴る事は出来ません。でも出来ない事が増えて行くぶん出来る事も増やして行こうと思って頑張って稽古しています。今日は5kmを56分間かけて走りました。5km走れるようになりました。あと4分で1時間走った事になるのですが、それはまた今度の目標にするために、あえて56分で走るのを止めました。来週は1時間走れるよう頑張ろうと思います。51歳はとても楽しいです。今日はバレンタインデーでした。長男はチョコレートを1個もらえたようです。次男は昨日、女の子に誕生日プレゼントをもらったそうです。手紙も入っていたそうです。2人共なかなかやるな!と思いました。人に好かれる事は素晴らしい事です。私は人に好かれる事は、この世で何よりも素晴らしい事だと思っています。これからも人から好かれるよう生きて行って欲しいと思います。


2024年02月13日(火) 快挙

ランニングマシーンで50分ランニング出来るようになりました。私にとっては快挙です。手術の前も手術の後もここまで来る事が出来るなんて思いもしませんでした。でも今、私はそこにいます。自分が本気で頑張ればやれない事は無いと言う事を自分で改めて感じる事が出来ています。これからの人生も本気で頑張って行こうと思います。自分の思い描いた事に本気で取り組んで、それを実現させて行こうと思います。今日は腕のトレーニングをしました。今日も記録更新しました。


2024年02月12日(月) 今日

妻と今までで1番泣いた映画の話をしました。私は1位が「ライフ・イズ・ビューティフル」2位が「今を生きる」3位が「セント・オブ・ウーマン」と答えました。妻は1位が「A.I」と言っていました。悲しくて悲しくてもう2度と見られないそうです。私は感動屋なので映画を見て良く泣きます。今日は「かがみの孤城」を見て泣きました。私は感動しては泣きますが、苦しい事や悲しい事や苦しい事では泣かないように頑張っています。今日は夕食後に次男と銃ごっこをし、長男とは野球についていろんな話をしました。妻とはケーキ屋の仕事の話をしました。妻は天職を見つけたようです。妻がケーキ屋の仕事の話をしている時に好きな事を頑張っている人の目をしていました。


kanno

My追加