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2022年05月18日(水) 新しい携帯電話に変える

ついに11年ぶりに携帯電話を新しくしました。今までずっとiPhone4sを使っていたのですが、機種が古すぎてアップロード出来ないアプリもたくさんあり、さすがに使い勝手が悪くなっていました。1番はLINEがアップロード出来なかったのとバッテリーの消費が早い事でした。ただやはり携帯電話を新しくすると慣れるのに時間がかかるのが少し手間です。でも久しぶりに新しい携帯電話にし、いろんなアプリを入れたりしてなかなか楽しかっりしています。これから皆さんに新しい電話番号を連絡させて頂きたいと思います。


2022年05月17日(火) シン・ウルトラマンを観て思い出したこと

今の私しか知らない人は信じられないかもしれませんが、私は小学校に入学する頃までは、とても病弱でした。身体が弱いため心も弱く、自分に自信がない事から人前で自分を出す事も出来ませんでした。そんな時に好きになったのがウルトラマンでした。私が初めて好きになったヒーローはウルトラマンでした。私が強いものに憧れた原点であり、強くなりたいと思った原点がウルトラマンでした。弱い者を守るため、強い怪獣に立ち向かって戦うウルトラマンがとても大好きでした。いつかは自分もそうなりたいと想い願い、自分の将来の姿と重ねてウルトラマンを見ていたのだと思います。私は病気になって入院すると嬉しい事がありました。それは私が入院すると父や母が私の好きなウルトラマンの人形やウルトラマンのグッズを買ってきてくれました。父に「ウルトラマンみたいに強くなりたいんだろ!早く元気になれよ!」と言って励まされました。なんで自分が強くなりたかったのか?それは自分が弱かったからです。私は弱い自分が大っ嫌いでした。自分は自分だ、自分は自分のままで良い、なんてとても思えませんでした。弱い自分から強い自分に変身したいと本気で思っていました。そしてその力で弱い人を守りたい、その力で人の役に立ちたいと本気で思っていました。そしてその気持ちは49歳になった今も変わっていません。「シン・ウルトラマン」を観ながらそれを思い出して熱い物が込み上げて来ました。


2022年05月16日(月) カッコイイ言葉

長男が「シン・ウルトラマンでカッコイイ言葉が出てきたね!」と言ってきました。その言葉は「成せばなる、成さねばならぬ、何事も」でした。その言葉は大森道場に飾ってあるよと私が言うと、長男は思い出したらしく「トイレの前にある木のやつね」と言いました。私はその先もあるんだよ、「成せばなる、成さねばならぬ、何事も、成さぬは人の成さぬなりけり」と全文を読んで聞かせました。そのあと長男に「パパはこの言葉を、出来る事だって、やらなければ出来ない、出来ないのはお前がやらないからだ。という厳しい言葉だと思っているんだよ。」と話しました。これは私の捉え方なのですが、何かに取り組むときに私はこう思い取り組むようにしています。


2022年05月15日(日) 「シン・ウルトラマン」

「シン・ウルトラマン」を子供達と観に行きました。私は子供の頃「ウルトラマン」の映画を観に行きました。子供達と「シン・ウルトラマン」を観る事が出来て、とても幸せです。自分が強くなりたいと思った原点はウルトラマンでした。長男も次男もウルトラマンは大好きです。やっぱりそれは私の血を引いているからなんだと思います。「シン・ウルトラマン」を観て、あらためて私は強い男になりたいんだと思いました。そして「シン・ウルトラマン」を観て熱くなれる気持ちがある事を嬉しく思いました。49歳になった今でも強くなる事を止めていない事を、49歳になった今でも強くなる事を諦めていない事を、49歳になった今でも「ウルトラマン」を観て熱くなっている事を、「ウルトラマン」が好きだった頃の小さい自分に報告したい気持ちになりました。「シン・ウルトラマン」カッコ良かったです!子供達には本当に見て欲しいです。49歳になった私がこんなに熱い気持ちになれるのだから、子供達はもっともっと熱い気持ちになれるはずです。そして強くて優しくて、自分を犠牲にしてでも自分より弱い者を守る男になりないと思ってくれるのではないかなと思います。


2022年05月14日(土) 住んでいる

中村文則さんのエッセイを読んでいます。中村文則さんは福島大学に通っていました。福島というところは時間がゆっくりで人が温かかったと書いてありました。自分の生まれ故郷をよく言って頂き、自分の事のように嬉しかったです。私も福島は大好きです。そして今住んでいる東京も大好きです。今まで中野、蒲田、六本木、大森、雑色に住みましたが、全ての場所に思い入れがあります。でも気が付けば雑色に住んで10年が経ちました。東京の中でも自分の故郷に似ている場所を選んだ気がします。


2022年05月13日(金) 最強な人とは

次男は違う学校の年上の子とも友達になって遊んでいるようです。少し前にも私と次男で自転車で信号待ちをしていたら、中学生ぐらいの子に「マシロー!じゃあなー!」と言われていました。いろんな人に好かれて、いろんな人と仲良しになれる人は本当に得をします。もしかしたらそういう人が最強なのかもしれません。次男は私に、モノマネをして見せてくれたり、面白い話をしてくれたりします。次男は家族に笑いを与えてくれる子なので、そのひょうきんさを無くさないで生きて行って欲しいなと思います。


2022年05月12日(木) 俺って天才だと思わない?

長男に「俺ってギターの天才だと思わない?だって小6で〜も〜も〜も出来るんだよ!」とギーターのテクニックの名前を言われました。何個か知っていましたが、何個か知らないものもありました。私は「自分で天才だと思うんなら天才だろうな」と答えました。そのあと「俺、絶対プロのギタリストになれるよね!」と言うので、私は「自分がなれると思うのならなれるだろうな」と答えました。 禅問答のような答えを言ったつもりはありません。自分がそうだと信じるのなら、そうなのだと思います。私も自分を天才だと信じていましたし、世界チャンピオンになれると信じていました。私は天才でもなく、世界チャンピオンにもなれませんでしたが、その勘違いとも言える根拠のない自信が自分の原動力となり、その夢や目標を目指しているうちに、それが趣味が特技、特技が仕事、仕事が趣味と言う不思議な物に昇華させてしまいました。自分を信じて、馬鹿になって、真剣になって、一生懸命になって、夢を追いかけて欲しいと思います。夢を叶えられなかった私が言うのもなんですが、今この歳になって思う事は、夢を目指していたあの頃は本当に楽しかったなという事です。夢を目指していたら、苦しい時も辛い時もあるかもしれません。でもそれも楽しんで欲しいなと思います。たった一度しかない人生だから、その時その時を楽しんで欲しいなと思います。


2022年05月11日(水) 同志少女よ、敵を撃て

逢坂冬馬の「同志少女よ、敵を撃て」を読み終わりました。この作品を今この時期に読む事が出来て本当に良かったと思っています。この作品は、第二次世界大戦の独ソ戦が舞台となっています。お勧めしたい作品なので、あまりストーリーには触れたくはありませんが、とても心に残る言葉があったので書いておきたいと思います。その言葉は「戦争は女の顔をしていない」でした。そして「セラフィマが戦争から学び取ったことは、八百メートル向こうの敵を撃つ技術でも、戦場であらわになる究極の心理でも、拷問の耐え方でも、敵との駆け引きでもない。命の意味だった。失った命は元に戻ることはなく、代わりになる命もまた存在しない。学んだことがあるならば、ただこの率直な事実、それだけを学んだ。もしそれ以外を得たと言いたがる者がいるならば、その者を信頼できないとも思えた。」でした。この日記に以前書いたと思いますが、この作品を読みたいと決定的に思ったのは本の帯に書いてあった「戦争は女の顔はもちろんのこと、男を含めたあらゆる性別の顔もしておらず、つまり人間の顔をしていないのだという、事実を物語ろうとする、その志の高さに感服した」と言う三浦しおんさんの言葉でした。だからこの言葉を書いた、三浦しおんさんに感謝です。そしてこの作品を読み終えて心に残った言葉は「戦争は女の顔をしていない」でした。戦争を起こすのも戦争をするのも人間です。何故戦争は起こるのだろう?戦争って何なのだろう?何故戦わなくてはならないのだろう?敵っていったい誰なんだろう?そう考えさせられました。戦争を語れる人も少なくなって来た事が今現代が良いのか?悪いのか?分かりません。でも戦争を語れる人が少なくなって来た今、また戦争が起きています。戦争と言う物を戦争に勝利した物を英雄視する歴史が残る世界があるようでは、また戦争が起こるのではないかと思います。もし世界が起こったのであれば、その事をその時代の人達がいろんな立場でそこに関わったり、それを検証した人達がそれを正確に歴史として残さなくてはならないのではないのかなと思います。そして何も出来ない私に出来ることは、何故戦争は起こるのだろう?敵っていったい誰なんだろう?こんな考えても答えの出ないことを考え続けていかなくてはならないのではないかと思います。何はともあれ自分が考えるということを与えてくれたこの作品を読めた事をとても幸運に思っています。


2022年05月10日(火) 己に克つ

どんどん身体が動かなくなって来ています。40歳になる時には、身体も悪いところがなく、周りの人にも「若いですね」とお世辞にも言ってもらえていたので、自分は若いまま50代に入れるだろうと思っていましたが、一昨年前ぐらいから、悪いところがドンドン出てきてしまいました。昨年末から腰部脊柱管狭窄症になり、背骨から骨盤や股関節にまで影響が出てきてしまい、ついに開脚まで出来なくなってしまいました。180度開脚出来る事はこの30年、自分の自慢の1つでしたし、生きている限り180度開脚出来るように頑張る事を目標にしてきましたので、とてもとてもショックです。歳をとればとるほど出来ない事が増えて行くばかりです。おそらくこれからもドンドン出来ない事が増えて行くでしょう。でも私は諦めません。しっかりと稽古をし続けて行きたいと思います。降る事に抗いながら、でも降る景色を楽しみながら稽古に励みたいと思います。私の身体は衰えるのでしょう。でも稽古を続けて行けば、心と魂は磨かれて行きます。身体の衰えになんて負けていられません。自分との戦いになんて負けていられません。自分との戦いは生きている限り続きます。命が終わる瞬間まで生きようとする事が自分との戦いだとも言えると思います。自分との戦いに勝つと言う事は、自分の命が燃え尽きる瞬間まで、自分が生きようとする事なのではないかと私は思います。私の運営する道場のキャッチフレーズは「己に克つ」です。己に克つ事は、勝つ事ではありません。負ける事から「己に克つ事」を学ぶ事が出来るのです。簡単に言えば、負けても良い、でも絶対に自分に負けるな!と言いたいのです!自分の身を持ってそれを見せて行きたいです。そして、こんな話を私の後から来る極真空手の後輩達、私の道場生徒達に話して行きたいと思います。


2022年05月09日(月) 勝負から学ぶと言うこと

極真空手と言う武道を学ぶうえで勝負というものはとても大切です。勝負をしなければ大切な事を学ぶ事は出来ません。なので試合に出る事はとても大切です。しかし間違ってはいけない事は勝負する事が大切だと言うことは、勝つ事が大切と言う事ではありません。勝負において勝つ事と負ける事は表裏一体です。勝つ事と同じくらい負ける事も大切なのです。それはどういう事か?と言うと、勝った事を学びにし、その経験を自分の糧にして、次の日からまた頑張って生きて行く、また負けた事を学びにし、その経験を自分の糧にして、次の日から頑張って生きて行くという事が大切なのだと思います。勝った事や負けた事で自分が駄目になってしまってはいけません。勝った事や負けた事を受け入れて、それを糧に次に進んで行く事が大切なのだと思います。これは今現代の武道という観点から言える事です。昔の武術と言う観点から言えば、勝負が大切なのではなく、勝つ事が大切だと言う事になると思います。昔の武術と言う事で言えば負ける事は死ぬ事になるのですから、負ける事から学ぶと言う訳には行かないと思います。でも学問も武道も宗教も今生きている現代で自分をより良く生かせるものでなくてはいけません。自分が生きている世の中で生かす事が出来ない物は無くなってしまいます。だから武術も武道となったのだと思います。私はこの極真空手と言う武道を次の世に残したいと真剣に思って活動しています。だから私は何があっても国際空手道連盟極真会館と言う団体で活動して行きます。極真空手には自分の命を賭けるだけの物があると思っています。自分が居なくなった世の中に、自分が素晴らしいと思える物を残す事が出来るのならば、この世に何も思い残す事はありません。


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