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何か好きな事を見つけて、それに打ち込む事が出来て、それを人に教える事を仕事に出来ると言う事は、とても楽しい事です。私の仕事は空手の先生と言う事になると思いますが、いい意味で私は空手の先生と言う物を仕事と思った事はありません。もちろん空手の先生になれなかったとしても空手を続けていると思います。自分が好きで好きでたまらなかった物を今でも続けていると言う感じです。趣味を突き詰めて、趣味の向う側に行ったと言う感じです。だから稽古に行くのが楽しみですし、指導をするのもとても楽しいです。極真空手のおかげでとても楽しい毎日を過ごせています。
毎日の稽古の中で、自分の駄目な所に気付いたり、自分の弱い所を再確認したり、自分の弱さに直面したりします。それと同時に毎日の稽古の中で、自分の変化や進化や成長を見る事が出来ます。何歳になっても出来ない事が出来るようになる達成感を味わう事が出来ます。目標を持って打ち込めば目標を達成する喜びを感じる事が出来ます。私はまだまだ夢も目標もたくさんあります。私の青春はまだまだ終わっていません。これからの自分に何が出来るだろう?とその可能性を考えるだけでワクワクしてしまうぐらいです。たぶん私の青春は一生終わらないと思います。
何かを会得しようと言う時に「慣れ」と言う事はとても大切な事です。会得する為には何千回も何万回も慣れるまで稽古をしなければいけません。何かを習い始めた時は知らない事や出来ない事を習い稽古をするので、同じ動きを反復しながら自分の姿を見たり、考えたり工夫したりしながら稽古をするのですが、ある程度それが出来た時に、慣れてきた時に、その慣れが自分の成長を妨げてしまいます。出来る事でも自分の姿を見たり、考えたり工夫したりして、出来ない所や悪い所を探しながら稽古して行けば、必ず成長して行きます。ですがけっこうこの慣れに陥ってしまう人が多いのではと思います。私もそうならないよう常に心がけて稽古するようにしています。
今は本部朝基先生の書かれた本を読んで空手道の研究をしています。本部朝基先生の本は何冊か読んでいるのですが、今読んでいる本からもたくさんの事が学べています。1番感銘を受けた言葉は、突く手が八の力で突くとしたら、引く手は十の力で引きなさい。と言う言葉でした。
これは1973年生まれ、48歳の私の小中高生時代の話なので、今とは全然違いますし、今ならどんでもない問題になってしまうだろうと言う話ですが、私たちの時代は男なら1度ぐらい喧嘩をした事があるのが当たり前でした。私達の時代は1対1で決着が着くまで喧嘩をする事をタイマンと言うのですが、それをした事がないと「お前、タイマン張った事もねーの?」と馬鹿にされたものでした。多分、私達の時代に生まれた男なら、それをした事がない人は、それをコンプレックスにしている人も多いのではないか?と思います。実際それが極真空手を始めた理由だと言う生徒はたくさんいました。そして極真空手を始めて試合を経験した生徒はそのコンプレックスを解消する事が出来たと思います。何故なら極真空手の試合は怖いし痛いし苦しいからです。そこから逃げ出したい自分の弱い心に立ち向かって試合場に上がる事は過酷な事です。要は男として1番怖い事を避けて生きてきた、1番怖い事から逃げて生きてきたと言う事がコンプレックスになるのだと思います。どんな怖い事でも痛い事でも苦しい事でも、ゴチャゴチャ考えないで勇気を出して飛び込んでしまえば良いのです。あとは野となれ山となれです。何も考えずに飛び込んでしまえばあとは必死にもがくだけです。結果なんてあとからついて来るだけの物です。後先考えず勇気を出して飛び込む事が出来るかどうかです。
自分と言う人間はインプットとアウトプットを繰り返し、そこの中で起こる体験や経験から自分の中に何かが積み重ねられ作られ行くのものだと思います。自分が自分の中に何を積み重ねる事が出来るかで、その人の運命も人生も変わって行くと思います。だから、どんなに仕事が忙しかろうと新しい物や新しい事を学んだりするインプット時間を大切にし、常にそれを怠らないようにしたいと思います。
長男と次男が6時30分になっても家に帰って来ないので、タイヤ公園に私が迎えに行くと、まだ2人で遊んでいました。15分ほど2人が何をして遊んでいるのか?を少し離れた所に隠れて見ていると、次男が長男に「もう暗くなっし、ご飯の時間だから帰ろうよ」と言いました。長男は次男に待ってろと言い、大山滑り台の所にある柵に座って、大山滑り台で遊んでいる子をジッと見ていました。その間、私は少し次男に接近し幽霊が出てくる時の音を口笛で「ひゅ〜」と吹きました。何度か繰り返しましたが、次男はあまり反応はしませんでした。そのうち長男も「そろそろ帰ろうか」と言って歩いてきたので、私が後ろから「ウワッー!」と叫んで長男を脅かすと、長男は持っているしゃべるを振り回して踊るように飛び回って驚いていました。その驚きように私は笑ってしまいました。次男は「幽霊が出てくる時の音を口笛で吹いてたのパパでしょう」と聞いてきたので「そうだよ」と答えると、次男は「やっぱりおかしいなーと思ったんだよなー!」と言っていました。帰り道、長男と次男に何をして遊んでいたのかを聞いたら、次男の持っていたしゃべるを取って意地悪をした子がいたので、長男が「俺の弟のしゃべるだから返せ」と言いに行き、言い合いになり、ブランコで勝負をしたそうです。その後もその子達と何度か小競り合いをしていたそうです。話を聞いていると本気で喧嘩をしたのではなく、それも遊びのうちでお互いに楽しんでやっていたような感じでした。男の子だからそんな小競り合いも遊びのうちです。そうやって何度か顔を合わしているうちに友達になる事もあるのだろうと思います。何はともあれ、そんな遅くまで一緒に遊んでくれた、その子達には感謝しています。
久しぶりに次男を自転車の後ろに乗せて家に帰りました。次男は小学2年生ですが、体重ら小学5年生の長男と同じ41キロあるので、なかなか重いです。長男が小学2年生の時は全然普通に乗せる事が出来ましたし、長男だったら今でも自転者の後ろに乗せる事が出来ます。次男はこのまま行くと来年ぐらいには自転車の後ろに乗せてあげる事は出来なくなりそうです。そうなるともう自転車の後部座席はいらなくなります。それはそれで寂しいです。あと1年たくさん次男を自転車の後ろに乗せて走ろうかなと思います。
久しぶりに村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」を読んでいます。ほぼほぼストーリーを忘れているので、読んでいてとても新鮮です。もしかしたら「ねじまき鳥クロニクル」を読んだ事をこの日記にも書いているかもしれません。少し探してみようか?と思います。
少し前に長男と次男とエヴァンゲリオンを観に行ったのですが、私はほとんど理解できませんでした。でも長男はけっこう理解していて、映画が終わってから、あれはああだった、これはこうだったと教えてもらいました。自分の理解力が小学5年生の理解力に負ける事に少し驚きましたが、まあ自分が理解力が人より劣る事は子供の頃から分かってはいたことなので、いたしかたなしです。理解力がないから何度も何度も見る事が出来るのだと思うし、そこから深い理解を得る事もあるので、それはそれで良しとしたいと思います。
kanno
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