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息子達には趣味を作って欲しいと思います。その趣味は、自分1人でも出来て、みんなと一緒にでも出来るものが良いと思います。そしてそこに目標を持って取り組めるものが良いと思います。自分を見つめ直したり自分を高められるものが良いと思います。1人でやる事で自分を見つめ直す事ができ、人と一緒にやる事で、人を通して自分を知る事ができ、目標を持つ事で自分を見失わず、自分をいつも高めていく事ができます。そして趣味を持ってそれに取り組めば、本当の仲間や友達が出来ます。同じ物を好きになり、同じ目標を持って、何かに向かって一緒に頑張れば、苦楽や感動や思い出を共有する事で本当の仲間や友達が出来ます。自分と同じものを好きになり、自分の同じものに情熱を持って取り組んでいるのだから、必ず本当の仲間や友達を得る事が出来ます。親子で同じ趣味を持つ事もお勧めです。同じ苦楽を共にして感動を親子で共有出来たらそれは最高だと思います。そう考えると極真空手はまさに最高の趣味になり得ると思います。本当に極真空手は最高です。
長男が飼っていたカブトムシの幼虫が成虫になりました。2匹ともオスでした。長男も次男も大喜びでカブトムシを見たり餌をあげたりしています。この前は長男がヤゴを30匹ぐらい持って帰って来て、朝起きると家の中をトンボが毎日5匹ぐらい飛んでいました。私は妻を尊敬します。妻は虫や幼虫を凄く嫌いなのですが、息子達のために我慢して育てる事に協力しています。生き物を育てる事で、長男も次男も命の大切さを感じてくれたら良いなと思います。
気が付けば2019年も半分が終わり、令和という時代になってから2ヶ月が過ぎてしまいました。過ぎた時間は本当に早く感じるものです。焦って事を行ってはいけないと思うものの急がなければ、あっという間に人生が終わってしまう恐れがあります。なので一生懸命に毎日を過ごしたいと思います。空手の稽古や空手の仕事も時間を惜しんで一生懸命にやりたいと思います。それと同時に妻と過ごす時間や子供達と過ごす時間も大切にしたいと思っています。また友達や仲間や道場生と過ごす時間も大切にしたいと思っています。美味しい物を食べたり美味しいお酒を飲む時間も大切にしたいと思っています。限りある時間を思いっきり面白く生きたいと思っています。
国立科学博物館に行きました。子供達も喜んで見ていました。毎日来ても楽しいだろうなと思います。地球がどうやって出来てと言うところから、人間がどうやって進化して来たのか、人間の科学の進歩と様々な事を学ぶ事が出来ます。人間の素晴らしさは、道徳や節度を持って人と関わる事が出来る事で、相手を尊重し、人と調和できると言う事だと思います。相手を尊重し調和できる事から、互いの利益も共有する事が出来ます。そして人間は何かを進歩させて、次の世代の人に渡し、またその世代の人がそれを進歩させて次の世代の人に渡すと言う事が出来ます。もちろん空手道もそのようにして進歩して来たのだと思います。私も自分を育ててくれた極真空手を一生懸命に稽古し研鑽して何かを生み出したいと思っています。そしてそれを次の世代の人に受け渡したいと思っています。それが出来た時に私はこの世に生まれて来て極真空手をやった価値があったと言えるのではないかと思っています。あと少しでそれが出来るところまで来ている感じがしています。
組手をする時は、自分の稽古している技を組手の中でどう使えるか検証しながら組手をしています。これをやらないと技が机上の空論となってしまい、お互いに緊張感を持って向かい合う実戦では役に立たない技になってしまいます。技を限定して出してもらえば受ける事が出来ても、それで終わってはいけないと思います。相手が必死に攻撃する中でそれが使えるかというとそうではないからです。なので常に自分の研鑽してきた技を組手の中で検証しながら稽古していかなくていけないと思います。極真空手の組手ではそれを検証しやすいと思います。突きでの顔面攻撃はありませんが、顔面攻撃がないかわりにお互いに相手の力量を見て強い攻撃を交換する事が出来ます。なので実戦に近いプレッシャーや緊張感やテンションの中で組手を行う事が出来ます。そこを行わないと、自分の技を勘違いし過信してしまい、どんどん達人化して行ってしまいます。私はそうならないように気を付けながら稽古するように心がけています。
いろんな事を考えながら稽古する事も大切だと思います。いろんな事を感じながら稽古する事も大切だと思います。いろんな事をイメージしながら稽古する事も大切だと思います。そして1番大切な事は惰性で稽古をしない事です。一生懸命やり過ぎて、稽古が惰性になってしまい、一生懸命頑張った達成感だけで稽古を終えてしまってはいけないと思います。組手もしっかりとテーマを持ってやらないと上達しません。毎回の組手が試合のように勝負になってしまっては自分や相手の細かい所に目が行かず、組手が向上しません。また自分が相手に敵意を持って組手を挑めば、相手も負けまいと敵意を持って自分にぶつかって来ます。自分がやるぞと緊張感を持って挑めば、相手もその緊張感を察知して必死でぶつかって来ます。そのような組手の中では自分も相手も向上はしません。下手したら勝負に勝った負けたという事だけしか残りません。私は組手をする時は必ずテーマを持って組手をします。組手をする時に心がけている事は、恐れない事、怒らない事、侮らない事、です。そして相手を尊重し相手と調和する気持ちで組手をするようにしています。しかし相手から敵意を感じた時には、相手が来たぐらいの力で返すようにしています。だから私は相手が軽く来たら軽く返します。相手が強く来たら、相手と同じだけの強さで返します。なので稽古の組手の中では必死に組手をする事はありません。もし私が必死で組手をしたいのなら、その時は試合に出場します。稽古とはあくまでお互いを尊重して高め合う場所です。それを理解出来ずに必死に組手をしている人がいたら、その人は心や身体や技が未熟で心に余裕が無い弱い人なのだと思います。
最近、長男に「〜と喧嘩で戦ったら勝てる?」と良く聴かれます。私は「戦ってみなければ分からない」と答えます。これは私の本心です。そして長男に、戦いは勝ち負けでやるものでは無いと教えています。日々いろんな事を想定して、誰と戦っても負けないだけの稽古を積んでおかなければなりません。そしていつでも戦える準備をしつつ、戦いが起こりそうな時に、自分の経験と戦術の全てを駆使して戦いを回避する事が大切です。でも戦うと決めたら相手を恐れず、相手を怒らず、相手を侮らず、に挑み、自分の研鑽してきた技を最大限に駆使して相手に叩き込むだけです。もちろん負けないよう最後まで諦めずに戦いますが、結果負けたらそれまでの事です。そして勝っても負けても失う物が大きい事も教えています。しかしもし戦うと決めたのなら何かを失う物の事を恐れずに戦わなくてはいけないと思います。物事に挑戦する時も同じです。出来るか?出来ないか?を考えたり、失敗する事を恐れたりしてはいけません。とにかく自分が生きてきた経験の全てを思いっきりぶつけてやって見れば良いのです。やって見れば答えは自ずと出ます。その後にまたどうするかを考えれば良いだけです。
空手の稽古をする事で、常に今の自分の現状を確認する事が出来ます。そして常に今の自分を見つめ直す事が出来ます。そして自分の考え方や、生活のし方や、生き方を改めたり、稽古の中で感じた事を生活の中でも戒めに出来たりします。それが空手道の素晴らしい所だと私は思います。でも空手道をやっている人が皆、それを得られるかと言えばそうではないと思います。空手道の稽古をする中で、私が書いたような事を得たいと求めた人だけが、それを得る事が出来るのです。
自分が夢や目標を立て、そしてしっかりとその夢や目標を実現する為の計画を立てて一生懸命に努力して行けば自分の運命すら変えられる事を今日、再確認しました。チャンスは待っていても来ません。自分でチャンスを掴みに行くのです。だから普段からそのチャンスが来た時に、それを掴めるだけの力をつけておくだけの努力をして準備して置かなければ行けないと思います。自分が望む場所に立ちたいのなら、人から推薦されるのを待つのではなく、どんどん自分から立候補して行くべきだと思います。自分をアピールして行くべきだと思います。自分の夢や目標を人に話して行くべきだと思います。しかしそこには情熱と誠実さと一生懸命さが必要だと思います。そして人を尊重して調和して行く事も大切だと思います。結局は、国と国、会社と会社など規模は違えど全ての事は人と人とのやり取りの中で実現されて行くのですから、人と調和出来なければ何も実現する事は出来ません。私はそれを極真空手の稽古や試合の中で学びました。まだまだ私は夢の半ばにいます。残りの人生でどこまで行けるか分かりませんが情熱を持って誠実に一生懸命努力精進して行きたいと思います。
長男と次男も私の運営する極真会館東京城南京浜支部の2019年夏季組手競技支部内交流試合に出場しました。私は勝ち負けについては、一切何も言いません。勝っても成長が見られなかったり、人間的な甘さや弱さが見えたりしたら、そこを指摘します。でも負けたとしても一生懸命最後まで戦っていたり、人間的に成長している姿が見えた時には、結果は置いておいて褒めるようにしています。そこからどう思い、どう行動するかは本人に委ねています。今回の試合を見て、長男は相手と戦いながら自分で考えてどうすれば良いかを判断し対処して戦っているように見えました。相手の攻撃や防御に対して自分で考えて判断し対処して攻撃したり防御したりして戦う事は、社会生活の中でも必ず役に立つと思います。組手は究極の対人関係を学ぶ事が出来る場だと私は思います。空手の試合では自分が覚えた技で攻撃したり防御したりしますが、そこで学んだ戦い方や戦術を仕事や人間関係の中で言葉に置き換えて戦えばれっきとした交渉術にもなります。恋愛だって人と人とのやり取りですから、やはり組手と一緒だと思います。長男と次男には空手で学んだ事を社会生活の中で大いに生かしていける人間になって欲しいと思います。
kanno
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