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東京に帰ってきました。ウエイト制まで、あと一ヶ月、一生懸命頑張ります。
家族みんなで喜多方、会津に遊びに行った。喜多方でラーメンを食べ、会津の奥にある大内宿という江戸時代そのままに残っている村に行った。昔の日本ってこんなだったんだな〜ってしみじみ思ってしまうくらいのところです。
相馬の海に行った。何をしに行ったのかというと海の幸を食べに行ったのだ。定食二人前を食べる友達と一緒に。
今日は2時から知り合いの会社にあるトレーニング場で練習をした。この知り合いというのは、私の先輩で自分の会社にトレーニング場を作り日々自己鍛錬しているという、恐ろしい男である。そのトレーニング場のカギを、この会社で働いている私のライバル2号が開けに来てくれ、2時から4時30まで稽古した。私の稽古を少し見ていたライバルは、俺も燃えてきたぜと、下の事務所に仕事をしにいった。稽古が終わり、家まで約15キロ山を越え走って帰った。山道を一人で走っていたら、すごくきれいな夕日が見えた。
家を7時30分に出て、妹の家(栃木県小山市)まで普通列車で行き10時についた11時に妹の家から車で福島へ向かった。矢吹インターまで、えいえんと国道で行き、矢吹インターから高速で帰った。福島西インターに着いたのが4時。そこから家まで、約15キロ走って帰った。家に到着したのは6時を過ぎていた。本当に長旅だった。夜はいつもの友達と食事をした。三人は同級生、一人は後輩。私の絶対に負けられないライバルである。
世界ウエイト制大会。ただただ感動した。極真空手をやっている事に誇りを感じた。自分がやっているものの最高峰の舞台、できれば本当に会場で生で見てほしい!たぶんテレビではこの感動は伝わらない。そして自分もこの舞台と、いろんな部分でつながれるし、つながっているんだと感じてほしい。そして極真会館の一員である事を心から誇りに思ってもらいたい。
試合に出場した選手のみなさん、おつかれさまでした。少年部の子が「先生、友達できたよ!」って言っていた。それを聞いてうれしく思った。また城南の他の支部の子の応援をしていたりされたりという光景を見て感動した。空手を通して学んでほしい事はそういうことなんです。だから私の道場では試合が終わったら、あらためて相手に挨拶に行くようにしているのです!試合場を降りてから相手を探して挨拶に行くのは大変かもしれない、でもそういうことがつながりになって行くんです。次に試合会場や合宿などであったとき「前戦ったよね」とか話するようになるんです。そうして縁を作っていってほしい。縦の関係と横の関係を、今のうちに学んで、広げてほしい。
今日の試合を見て凄く刺激にもなり勉強にもなりました。ある少年部の選手のセコンドが「楽しんで来い!」「思いっきりやってこい!」と言うと選手も、凄くいい顔で試合場に向かっていきました。ホントそうだなーと思いました。感動したし初心に帰る思いがしました。そう子供なんだから、好きでやってる空手なんだから、楽しんできてほしいと思う。そして悔いのないように思いっきり戦って来てほしいと思います。「楽しんで来い」「思いっきりやって来い」いいなー!
明日の国際大会に出場するみんなは、もう寝ている頃だろう。一生懸命稽古したことを最後まで諦めずに発揮してくれる事を願っています。
むかし中野に住んでいた頃、家の近くに片目の野良猫がいた。人間を全然怖がらず人懐っこい猫だった。私はとりあえず『ニャンコ』と言う名を付けた。お腹が減ると私の家の玄関の前で「ニャー」となく、私が家の近くまで歩いて帰って来ると迎えに来てくれるようになった。一度だけかわいそうな事をした。凄いドシャ降りの寒い日、ニャンコが家の前でないていた。「家に入れて」って言っているような気がした。でも家には『しじみ』がいたので家に入れてあげる事ができなかった。とりあえず玄関の中にいれ、えさをあげた。いつも聞き分けのいいニャンコがこの日はずーッと「ニャーニャー」とないてなかなか帰らなかった。「ごめんね家には入れられないんだ」と言ったらなんか悲しそうに帰っていった。言葉は通じなくても気持ちは通じるのかなーと思った。でも本当にかわいそうな事をした。ちょうど桜が咲く頃、あれ今日はニャンコこないなーと思ったら、それが最後だった。二度とニャンコは来なかった、多分もっとかわいがってくれる人を見つけてそっちに行ったのでは、と思う。あの人懐っこさで。
kanno
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