日常喜劇

2005年08月09日(火) ウブメ映画


半休取って午後から映画を見に行ってきた。
だいぶ前に買った前売り券の「ウブメの夏」。
この前売りについていたのがウブメの夏の豆本で、
形の可愛さについ前売りを買ってしまったが中は
小説ウブメの中の、各キャラの抜粋だった(微妙)
久しぶりに会った学生時代の友人達とご飯を食べた後
映画館に向かう。そういや二人とも心理系を専攻して
いて、学生時代は皆してハマったねぇなんて懐かしい
物思いにふけってみたり。
映画はえーと…よく解りませんでした。
小説を読んでからだいぶ経ってて内容を忘れてたってのも
あるんだけど、物語の構成もよく解りませんでした。
こんな話だったっけー?みたいな。
つくづく「関口巽大カウンセリング大会みたいだな」と
思った。終盤の赤ん坊を受け取るシーンとか特に。
周囲で人が見守る中、上手く赤ん坊を受け取ったら
絶賛してトラウマを克服…しかけたけど失敗、みたいな。
こうして結局関口君はこの世と彼岸を行ったり来たり
ふらふらな生活を続けることになるのでした、というか。
映画に作者本人が出ていたが、私はてっきり夏彦さんは
単なる水木しげる大好きの出たがりなのかと思ってました。
(ごめんなさい)しかし後日あやさんに聞いたところに
よると、作者が出演するのはあまり乗り気じゃなかった
もよう。水木しげるが大好きなあまり、彼とマイキャラを
出会わせるために戦後に時代を設定して映画の中で
出会わせて悦ってるのかと(ホントすみません)勝手に
推測してしまいました…あはは、ごめんなさい(土下座)
いやしかし重い話は画像にすると更に重いネ!
あと榎木津さんはもっと破天荒な方が良かったなー、
木場さんもあんな小奇麗なスリーピースとか着てないで
ワイシャツだけのむしろ小汚いくらいの方が私好みだったので
残念でした。やはり人によってイメージは様々ですな。



2005年08月08日(月) 父カレイ


今日は父の誕生日である。
そんなことは百も承知で朝、父に言われた。
「牛良は誕生日に何かおじいさんにもらったのか?」
先日、おじいちゃんには誕生日前にお金をもらったので
正直に「もらったよ」と答えた。そこでふと考えてみる。
今こんな話をするということは、遠まわしに自分にも
何か誕生日プレゼントが欲しいということかー?
しかしこんな遠まわしな表現をするなんて父らしくない。
欲しいなら欲しいとズバリと言ってしまうのが父だからだ。
ちなみに父には母と共同出資でケーキを買ってくることに
なっている。私が帰り道に会う予定だ。そんな訳で、
黙っていようと朝それ以上の話はしなかった。
その後、昼間に母からのメールで自分が買って行くと
言っていたので、私は買わず仕舞になった。
家に帰ってからケーキを食べたのだが、ようやく今朝の
違和感が解消された。なんと父が朝、私より先に出た母に
「ケーキ俺が買って来るから」と言ったらしいのだ。
しかも、母が何も言い出さない前に。しかし後になって
買い忘れてきたので結局母に電話をして買ってきてくれと
言ったらしい。そんな経緯があったとは知らず、一人で
違和感を感じていたのがようやくスッキリした。自分の
誕生日に自分でケーキを買って来ると朝イチで言っちゃう
あたりが、いくつになってもさすが父だ。



2005年08月07日(日) ドイツフェア


鋼の映画を見に行ってきた。
昼間、伊勢丹の前で待ち合わせということで伊勢丹前を
急いでいると、突如お兄さんに声をかけられる。
「すみませんアンケートお願いしてるんですが…」
ウザイ。悪いが急いでいるからとあしらおうとしたが
しつこい。「年齢は?」先日年を取ったばかりなので
言いたくなくて困っていると「じゃあ職業は?」これも
説明が難しくて困っていると、お兄さん「僕、毎日女の人に
声かけてるから大概解るんですよ、保母さんでしょ?
ヒドイ大間違いだった。保母と言えば看護婦と並んで幼少の
みぎりに「決してなりたくない」職業ベスト3に入っている。
そもそも私は子供嫌いだしショタにもモエない。
保母なんて絶対嫌。なんて愕然としたのもつかの間、
本当に待ち合わせ時間が迫っていたのでそのまま去った。
いやー私、毎日女性を見慣れているお兄さんには保母に
見えるのか。つまり子供好きっぽい?どっこい多分、本物の
子供は私を見たらあからさまに非交友的な態度に逃げるだろう。
そんなハプニングの後、今回もよく遊んで頂いている関東仲間、
冬菊さんとあやさんとNINAさんと連れ立って鋼映画の劇場へ。
開演前から軽く列が出来ていたが、頑張って席取りしたので
だいぶ前の良い席で見られた。内容はまぁ…なんというか、
慰霊祭やら終戦記念日が目白押しの8月にこんな破壊映画を
上映していいのやら、という不安…不快感?原作にない世界を
ひっぱし出してきた場所がよりにもよって戦中のドイツと
いうのがなんともイタダケないと思った。しかもこの終わり
方じゃ次回は亡命先のアメリカとか、原爆を止めるために
長崎へとかやりそうで怖い。つかもう続けなくていいよ。
アニメを全然見ていなかったので、あまりにも原作と違う
展開についていけず、たま〜に交わされるホモくさい
やりとりに吹き出してみたり、それなりには楽しかった。
いやしかしあれはちょっと…うーん(悩)
映画が終わった後は、ドイツつながりということでドイツ
料理を食べに行った。映画の中でエドが「白ウィンナー」と
言っていたそれを皆で食べようというのだ。最上階の端の
テラス席を陣取り、ドイツ料理開始。席が外で良かったと
何度安心したことか解らないくらいヤバイネタてんこもりで
とても楽しかった。あやさんが持ってきてくれたアメリカ版
「闇の末裔」と「鋼の錬金術師」を読んで大盛り上がりしたり。
久々にヲタク全快の一日だったv(あれ、昨日も確か…)



2005年08月06日(土) 花火とヲタク


もはや貴重な地元の友人ハルカと、地元の花火を
見に行ってきた。7時に始まるというのを、気合を
入れて5時半に行って場所取りをした。
河原にレジャーシートを広げて屋台モノを買って
スタンバイ。どんどん人が増えてきて、いよいよ
始まるという時になってハルカの妹さんとそのお友達が
合流した。私は別に構わないんだけど、ノーマルな妹さんと
そのお友達の前でヤヲイ話は出来ない。おとなしく花火を
鑑賞することにした。久しぶりに来たけどスターマインが
多くてなかなか立派な花火で「すごーい」を連発。
今年は新潟にも東北にも行けないから、せめてここで
きっちり見ておきたい。そうこうしているうちに一部が
終わり、第二部前に10分の休憩に入った。そしたら
なんと、前の席でシートを広げていた人たちが帰るから
このままシートを使ってくれと言うではないか。
妹さん達3人娘が前のシートに移り、私とハルカは
最初の通り二人でシートにごろごろし始めた。目の前の
川では水難事故で亡くなった人の魂を慰める灯篭流しが
行われていてとっても綺麗。二人して抑えていたヤヲイ
魂に火が付き、早速語り始めた。
「ああいう灯篭流しとか見ながらBLカプが語るんだよね」
「"綺麗だね…僕達の魂もいつかあれに乗るのかな…"とか!」
「"その時は一緒に行こう"とか言っちゃうんだよ!」
「そして最後に受が"その晩、僕は○○(←攻の名前)
という名の船に乗った"
とか言うんだよ!」
「あはははは!言いそう言いそう大揺れ!(大爆笑)」
もう大騒ぎ。ちなみにハルカは一本飲んでるのにこの
ハイテンションでも許されるけど、私は一滴も飲まないで
このテンション、ただのオカシイ人です。
第二部は、こんなカンジでヲタク丸出しで楽しく見れた。
赤と青の花火が出るたびに、イメージカラーが赤と青の
双子キャラにハマっているハルカは身もだえしている。
「ちょっと今の中央が青で周囲が赤だったけど
どっちが受で攻なの!?(※花火の話です)」
「それは中央が周囲を守っているのよ!(※花火です)」
「ああ、つまり穴ね…(※…以下略)」等々。
仕掛け花火の後にスターマインが続くのを見て
「仕掛け花火を練成陣にして、その後スターマインが
出れば鋼ファン大喜びじゃない?」という話題から
始まって、他の大手で言うと「テニスボールの仕掛け
花火の後のスターマインでてにぷりファン大喜び!」とか。
大掛かりな花火大会になるとメッセージやBGMも入るので
鋼の場合は「兄さんへ」から始まるメッセージを入れた後に
練成陣の仕掛け花火でスターマイン。BGMはもちろん
ラルクだ。そして終わった後は「弟よ」でメッセージを返せば
鋼ヲタクは泣いて喜ぶ!いいなぁ…どっかでやってくれないかな。
一口100円くらいから募金を集めればすぐスターマインくらい
打ち上げられるお金集まりそう。いっちょ隅田川で!(笑)
ちなみにてにぷりだったら終わった後に主人公の決め台詞
「まだまだだね」でファン熱狂。しかし花火師さんには
この上なく失礼だ。その後、やはりというか私達が一番
盛り上がるのは「遊戯王」で、デュエルみたいに二箇所から
「リバースカードオープン!」とか言いながら花火が
上がりっこしてたらすっごい楽しそう!とか言って大騒ぎ。
私は気付かなかったんだけど、背後のギャルが私達のことを
これみよがしにうるさいと言っていたらしい。今になって
冷静に考えてみると至極ごもっともだと思った。
(何しろ花火と関係ないヲタな話題が多すぎる)



2005年08月02日(火) 誕生日


昨日は忙しかったので休めなかったが、今日は少し
余裕があるので、土日の疲れを取るためにも午後
半休を取って早めに帰ってきた。
すると、朝早く夜遅い私が滅多に会えない祖父が
「もうすぐ誕生日だったよな」とおこづかいをくれた。
当日まではまだ2日あるけど、孫の誕生日を覚えてて
プレゼントくれるなんて、なんて素敵な心遣い!
感動して母に言った。「おじいちゃんはちゃ〜んと
覚えててくれたけど、お母さんは覚えてた?」
うちの両親は伝統的に…というか単に愛情不足で
昔から家族の誕生日を覚えない。幼い頃から両親に
誕生日を忘れられ、一度もまともに祝ってもらった
ことのない私は、ちょっといじわるのつもりで
母にそう聞いてみたのだ。そしたら母、えらそげに
「今年は忘れないようにちゃんとカレンダーに
書いといたからバッチリよ」と言うではないか。
「ほら、牛良の誕生日は…あら?お父さんと
お姉ちゃんのに○が付いてるけど
アンタのにはつけてなかったわ
うちは父も姉も8月生まれなのだ。
結局母は、私を通り越してその後ある父と姉の
誕生日に○を付けていたという訳。
「なんで10年以上前に結婚して出てった姉の
誕生日にマークがあって私のにないのさ!?」と
いちおツッコんでみたが、この母にそんなこと
言ってもしょうがないので早々にこの話題は諦めた。

カレンダーにしるしを付けたというその心意気に
うっかり感心した私が馬鹿でした。


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