フォーリアの日記
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2004年12月27日(月) トリの絵完成

スマトラ沖地震は状況が明らかになるにつれて相当な被害があることがわかってきています。
津波にないする備えや一般の人への知識の浸透があるような国々だとは思えないので、
突然のこのような災害は大変なことだったと思います。

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今日の出来事メモ
・娘がトイレをつまらせました。
・年賀状用トリの絵が完成。


2004年12月26日(日) 年賀状を書かなくては。

年賀状を書いていないので何とかしようと思って
ニワトリの絵を書き始めました。
前にも一度書き始めたのですが、あまり良くないので没。
再度挑戦です。

まだできないのですが、明日にはできて印刷できるといいのですが。

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寝込んでいるうちに期限が切れたのがお歳暮です。
デパート関係は24日で年内配送終了してしまっていました。
お年賀になってしまいますが、とにかく注文しました。

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インドネシア沖地震による津波の被害が報道されていますが。
インドネシアだけでなく、タイの南部、スリランカ東岸、インド南東岸などに
津波が押し寄せてかなりの被害があるようです。
現地の方たちはもちろんですが、クリスマス休暇を利用して旅行している外国人も
かなり被害にあっているようですが、まだ全容は明らかになっていません。

夫が住んでいるムンバイはインドの西海岸なので影響はありませんが、
昨年の今ごろだったら夫はインド南東部のチェンナイ付近に旅行していました。
また、前にダイビングの免許を取りに行ったのはスリランカの南東部です。
今回もクリスマス休暇を利用して行っていた外国人が行方不明になっているとのことです。


2004年12月25日(土) かぼちゃ

冬至に煮ようと思ったかぼちゃが
風邪引いていたので今日まで置いてありました。
仕方がないので今日煮ました。

冬至にかぼちゃを食べると1年間風邪ひかないというけれど
冬至に風邪で寝込んでいるとは
これから1年、風邪を引かせようという「風邪さん」の作戦か。(冗談)

風邪の気はすっかり抜けた感じがしますが
痛めてしまった胃はなかなか回復しません。
食べたあと数時間は胃が痛い。

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ふと思いついてAmazing Graceについて調べていました。
もともとはこの曲の作詞者ジョン・ニュートンが賛美歌として作ったものだそうですが
オリジナルの賛美歌のメロディーはもはやわからなくなっているそうです。
この曲、6番まであるらしいのですが
現在良く歌われている歌詞は、オリジナルとは多少違い、
特に6番は全く違うようです。

気が向いたらもう少し詳しく書くかもしれません。


2004年12月24日(金) クリスマスイブですが

なんだか宗教色を廃するのがはやっているのか
GoogleのHoliday用ロゴの絵もクリスマスっぽくありません。

久しぶりに起きだして、出勤しました。
朝からそんなに元気だったわけではないのですが
普通に出勤するくらいならだいじょうぶそうだし
仕事しているうちに風邪もぬけるだろうと思ったのです。
足がまだしっかりしないので歩くのも遅いだろうと
余裕を持って家を出ました。

ところが朝一番からハプニング。埼京線が止まっていました。
迂回して武蔵野線で南浦和へ行き、乗り換えて京浜東北線に乗りました。
すると赤羽で埼京線に乗れなくて流れてきた人がさらに乗ろうと
ホームにぎっしり並んでいました。
ここで積み残しが出る状態。(乗り切れない人がホームに残っている)
幸いすでに中のほうにいてつり革につかまっていたのでまだ良かったのですが
腕の筋力もおちているのか、つかまっている手がつらかった。
電車を降りた頃には無意識にスタスタ歩いていたので足はもう大丈夫のようです。

仕事は座り仕事なので別に疲れやすいともなんとも思わなかったのですが
どうも胃が回復していなかったようです。
コンビニでお弁当を買っても食べられないだろうと思って
おいなりさん2つ入りを買ってきて食べたら、それがいつまでも胃にもたれていました。
熱のあるときと違ってお腹はすくので、もう少し食べられると思ったのですが。

昼休みに外出するのにビルの階段を下りたら、
1階の踊り場(?)にふたのあいたダンボール箱が広げられているので
普段そういう荷物の搬入もここでは見たことがなかったので何かと思いましたが
近づいてみたらわかりました。
箱の中には抜いたあとのケーキ型がたくさん。
実はこのビルの1階は洋菓子やさんなのです。
大量のスポンジ台にデコレーションの真っ最中なのかもしれません。
戻ってきた時には箱はふたが閉められて端へ寄せて積み上げられていました。


2004年12月23日(木) 風邪3日目

朝からひどく汗をかき、うとうと眠っては
汗びっしょりになって目がさめたりしていました。

眠る度に父が出てくる夢ばかり見ました。
母もいて、穏やかに生活している夢ばかりですが。
命日が近かったから?

熱はなんとか37度台に下がっています。
お茶を飲むついでに起きている時間も増えました。
夜にはおかゆを卵入りにレベルアップしました。

明日元気になっていることを祈ります。


2004年12月22日(水) 風邪2日目

コーラスを休むことにしたので、一日ゆっくりすると思えば気が楽です。
熱は上がり止まっているので昨日よりずいぶん楽です。
立ち上がるとふらふらするとか頭が痛いとか感じるのもずいぶんましな証拠です。
昨日は上下左右わからないくらい具合悪くて立ち上がること自体が無茶でした。

朝はまだお茶を飲むとお腹が痛くなったのですが
昼になるとお茶を飲んでもお腹が痛くならなくなったので
少しおかゆを食べてみることにしました。
おかゆと言っても、ほんの一口のごはんに水を差して煮立てただけの簡易おかゆです。
これに梅干でも・・・と思ったのですが
甘口の梅干しか家に残っていなかったので食べられませんでした。
もともとあまり梅干好きではありませんが、こういうときは梅干が食べたいのです。
しかし甘口の梅干とかカツオ風味とかいう梅干はどうも苦手で食べられません。
梅干はあきらめておかゆだけ食べました。
久しぶりに何か食べたのでおいしく感じました。

節々の痛いのもあまりなくなって、寝返りを打つたびにうならなくてもよくなってきました。
夜はご飯を少し増やして2口分をおかゆにしました。
夜になってやたら汗をかくので熱が下がり始めたのだと思います。
体温計の電池があまりないせいか、計り損ねることが多くてたしかめられなかったのですが
感覚では下がってます。
何とかよくなっていきそうです。


2004年12月21日(火) 風邪引きました

完全にダウンしてました。

月曜日の晩は何の異常もなく12時ごろ寝て
息子が6時半に起きると言うのでそのつもりでいたのです。
ところが、夜中の3時ごろお腹が痛くて目がさめました。

2、3度吐いて胃の中がほぼ空になったと思われるのに
気持ち悪さは抜けず、まもなく布団から出る元気もなくなってきたので
これは熱が出てきたのだとわかりました。
それからしばらくは苦しくて眠れもしませんでした。

眠れないまま6時半になったので
風邪をひいたので起きられない、朝食も作れない、と息子に伝えておかないと
期待してのんびり起きてくると困ると思ったのですが
息子の部屋まで歩く元気もありません。
手の届くところにあった携帯から息子の携帯に電話してみたのですが
電源を切っているらしく通じません。
あきらめて息子の部屋まで這うようにして行って伝えました。

午前中はまだ熱が上がる途中だったらしく苦しかったのですが
昼頃には上がりきったのか少し落ち着きました。
胃の苦しさもだいぶ収まっていました。
しかしまだ節々が痛いので、じっとしていられなくて動くと
動いたのがまた苦しくて、うなってしまうような状態でした。

このころ娘にお茶を入れてもらって飲みました。
口の中が乾ききっていたのでとてもおいしく感じられましたが
飲むとその後に胃が痛むのでまいりました。

実は明日、コーラスでミニコンサート(内輪)もやるし、忘年会もあるのです。
ソロもあるし(オブリガート的なソロなのでなしでもなんとかなるでしょう)、
忘年会の人数の連絡もあるし、録音担当がいなくなるし、
こんな調子で参加できないのなら早めに連絡しなくてはと思いつつ
電話と連絡網表があるところまで行くのが辛くてなかなか連絡できません。
ようやく3時ごろ決心して布団から這い出し、連絡しました。

結局この日はトイレに行くのも辛いくらいで
ほとんど布団から出る元気はなく
夜にもお茶だけ飲んで過ごしました。


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