フォーリアの日記
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2001年09月24日(月) 忘れてた

今度の水曜日(あさってだ)ピアニストが休むので
伴奏しなければならなかったんだ。
やばっ、練習しなくちゃ。
パソコンやってる場合じゃなかった。


2001年09月22日(土) 「ラ」の音

今日はなんて寒いんだろう。
いつから寒いのか風邪をひいたのでよくわからない。
木曜日の晩は寒気はしたけどそれほど寒くなかったのでは?
昨日はある程度寒く、雨だった。

昨夜まで雨だったのでどうなるかと思っていた娘の中学校の体育祭が
今日予定通り行われた。
昨日のうちに買いにいけなかったフィルムをコンビニで買ってきた。

最近はデジカメかバカチョンの出番が多かった。
だが、デジカメは夫がスリランカ出張に持っていったので手元にない。
バカチョンでは遠くてだめだと思って望遠レンズのつくカメラを出してきた。
しばらく使ってなかったカメラはアルミの部分に錆が浮いている。
カメラにセロテープがべたべたはってある。
長時間露出をもくろんだ夫の仕業だ。
むむ、カメラのスイッチがオンになってる。電池も切れてるぞ。
幸い買い置きがあった。
入れ替えようとしたらボタン電池が転がって隠れ去る。
急いでるのに遊んでくれるよ。

体育祭はいつも部分的にしか見に行かないのだが今年は役員で仕事がある。
バザーの提供品の受付だ。8時50分集合。
寒い。
提供品を入れる箱が足りない。
大型のダンボール(ティッシュとかトイレットペーパーの箱)を
薬局(チェーン店の)にもらいにいった。
一度に大きさが揃えば4つ大きさが違えば3つしか持てない。
(大きい箱なので、たたんでも手の長さの限界がある)
受付は交替するので手が空いている時に三往復して、
そのたびに提供品を移し変える作業をした。

その合間に娘の出番をひとつは見た。
写真をとった。
全員出場の種目も写真をとる予定だった。
でも、奥の教室で荷物整理の真っ最中。
歓声は聞こえた。(三年の全員種目への歓声はひときわ大きい。)
残念、12枚撮りのフィルムが余ってしまうよ。

どうしようか、このままお蔵入り?何かを撮ろうか?

ところで今日のこの寒さ、
北からの冷たい高気圧の影響らしい。
空気はからっとしている。
実は、うちの電子ピアノは年に1回ぐらい非常に湿気の多い日に
出ない音があるようになる。
去年は台風の日に出なくなり、まもなく直った。(「ひとりごと」参照)
今年は、8月22日の台風の日から「ラ」(二点イ)の音が出ない。
乾燥した日があれば直るかと、修理も頼んでいなかったが
湿気の多い日が続き、台風もまた来て、ずっと直らなかった。
やはり、来週あたり修理を頼むかな、と思い始めていた。

だが、久しぶりに今日はからっとしている。
音が出なくなって以来こんな日はなかったから、試してみなくては。
「ラーー」・・・鳴った!
現金なやつ>電子ぴあの


2001年09月21日(金) 風邪

昨日は朝から喉が痛かった。
そう思っていたら夕方から寒気がしてきて、高熱を発してしまった。

熱が高いと(多分39度以上)心臓が苦しい。
いかにも早すぎる鼓動に「むりだよ〜」といっている。
安静にしていてもそうなのに、ちょっと動くと限界だ。
寝返りを打っただけでも、心臓が悲鳴をあげている。

夕方から未明の2時ごろまでそんな状態で眠れもしなかった。
その後眠ったので少しはましになっていたのだろう。

朝になったら何とかフラフラと起き上がれるようになっていた。

困った子供たちは昨夜は宅配ピザを注文した。
今朝はあるだけの目覚し時計を集めて鳴らしていた。
ご飯はあったので卵を電子レンジで半熟にチンして食べたようだ。

実は私は今日例の仕事の話で先方へ行かなければならなかった。
それがなんだか乗り気にはなれなかった。

行ってみて話を整理すれば興味を持てる話かもしれないし。
行ってみなければわからない、と自分に言い聞かせていた。

でも、よりによってこの日にこんな風邪をひくなんて
やめとけということかなあ。

とりあえずこの状態ではどうしようもないから断りの電話をいれなくては。
しかし、夜間の連絡手段はない。

しょうがない、とりあえずFAXでも送っておこう。朝一番に見るだろう。
詳細はあとで電話するとして。

しかしなぜ無理して起きだしてこの日記を書いているんだろう。


2001年09月16日(日) コンサート

彩の国さいたま芸術劇場でブラームスプログラムのコンサートを聞きに行った。
プレゼント応募で当たったものだ。(きっと応募者が少なかったんだと思う。)
詳細は「まねきねこ通信」を参照ということでここにはちょっとだけコメント。

きのうのマダムたちのカラオケの影響で
コンサートのはじめの曲が始まった頃にはまだ
私の頭の中は60年代アニメソングだった。
(クラシックのコンサートなのに・・)

でも、期待していなかったのに(失礼!神奈川フィル)
大変好演で、次第に引き込まれていった。

よかったよかった。


コンサートもよかったが、私の精神状態も・・・ね。


2001年09月14日(金) 仕事する?

8月いっぱいで私が仕事をやめたと聞いて
夫の知人(といってもそんなに親しい人ではない)から
私に頼みたい仕事があるという話が舞い込んだ。

でも、困ったのは
依頼主には、やってもらいたいことがありすぎて
それがどれくらいのものなのか見当がついていないということだ。

夫が話を持ってきた当初は、依頼主にある程度の企画があり
そのお手伝いか作業要員がほしいんだと思っていた。
それなら、ハンバーガー店の時給程度でやってもいいかなあと思った。

ところが昨夜本人から電話があり、話を聞くと
かかる時間も、仕事の全体量も
実際にどんな作業があるのかも
ましてや、週にどれくらい関わればできるものかも
わかっていないようだ。
毎日行かないと困るのか、週に1、2日でいいのかさえもわからないようだ。

私も、毎日フルに出る仕事をするにはいろんなことにかかわりすぎている。
すでに、PTAやコーラスで、「仕事をやめたからできるよ」って
いろいろ予定を入れてしまった。
はじめから毎日ということならならことわるぞ。
でも、そうでもない。
「何時々々までにこれを」という期限があるわけではなさそうだ。
「毎週これを」ぐらいはあるようだ。

それとも私が、全く漠然としている依頼主のイメージを
プロデュースして、整理して、企画設計するのか?
(そうしてほしい雰囲気はある)
でも、そこまでいくとボランティアでできることではない。
ハンバーガー店の時給並ではできないよ。

それでもやってほしいのかもしれないし、そうでないかもしれない。

とりあえず、そいういうことをすべて話して
向こうの意図も聞いてみなければ。

まずは、9月21日に先方へ行ってみることにした。


2001年09月12日(水) テロ

もうすっかり知られていることなので詳細は書かない。

はじめ、「プロジェクトX」が終わってお風呂に入ってでてきたら、
貿易センタービルに飛行機が突っ込んだというニュースをやっていた。
はじめは、訓練中の戦闘機が過って突っ込んだのだと思っていたら
ハイジャックされた旅客機だという。

卑劣なテロで多くの命が奪われた。
なんともやるせない。

ブッシュは報復するのだろう。
確かに「これは戦争だ」というのも実感できる許せない行為だ。

しかし、報復は新たな憎しみを生まないだろうか。
このようなテロ行為を許してはならないだろうが、報復の応酬では終わりがない。

クリントンが中東和平に力を入れていたのはそのためではなかったのか。

もろくも崩れていく摩天楼の中で更にたくさんの命が失われていった。
紛争の渦中にあるパレスチナにとっては人の命が失われるのは日常茶飯事なのだろうか。


2001年09月11日(火) 台風

今日は台風が来た。(小学生の作文か!?)

昼前、雨風が大分激しいなと思っていたとき、
フィン・フォン・フィン・フォン
「火事です、火事です。この近所に火災が発生しました。」
と、火災警報が鳴り出した。

2年前の台風の日にもこういうことがあった。
雨水が吹き込んだことによる火災報知機の誤作動だ。
またおそらくそうだろうと思って、とりあえず外へ出て管理室へ行ってみた。

理事長さん(の奥様)が来ていて、火元は自分のうちだが火事ではないという。
8階は雨が当たりやすいので今回も誤作動の火元は8階だ。
必要なところにはすでに連絡したらしい。

私は2年前の誤作動の時はこのマンションの防火管理者をやっていた。
自分たちの設備についてはよく調べて、火災報知機が鳴ったときの操作も覚えた。

今の防火管理者は、平日は留守なので
1、警報音を一旦止めるにはどうするか(この場合また火災の信号がくれば鳴る。)
2、火災の信号が来ても鳴らないようにすることはできるが、これは本当の火災があったら困るので勧められない。
  でも、どうしても止まらない時の緊急処置として前の時はそのようにした。
  理事の判断に任せる。ただし、居住者に火災が感知されない旨アナウンスが必要。
3、火災報知機の修理は消防設備士の資格が必要なので、管理会社が資格を持たない電気屋などを連れてきても触らせてはいけない。
などアドバイスした。

つづきはまた。


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